下の図は、参謀本部陸軍部測量局が1883年(明治16)に測図した五千分一東京測量原図全36葉のうち、「東京府武蔵国北豊島郡高田村近傍」図の一部である。
「銕砲坂」は右手上に明瞭に読み取れる。
右下には「蓮光寺」とあるが、この寺は現存する。

ついでに言えば図の上辺中央の「桂林寺」も健在である。
しかし鉄砲坂と蓮光寺の間の邸宅、これこそ「鳥尾邸」なのだが、それは現存しない。
鳥尾邸は、いまでは「関口台公園」の一画である。

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問題の「鳥尾坂」は、この図にはまだ見ることができない。
それはこの図で言えば、鉄砲坂と鳥尾邸の距離をちょうど同じだけ南側に伸ばした地点、小さく「竹」の文字が見えるあたりを左右(東西)に通る坂道で、蓮光寺境内の北縁に相当する。

つまり、鉄砲坂は鳥尾坂の「西側」ではなく「北側」にあたるのであって、鳥尾坂の説明は間違いなのである。
インターネットのwikipediaなどでは、この「間違い」はそのまま再生産されていて、しかもそれは拡大再生産されているのである。(つづく)

鉄砲坂とは、都内に複数ある同名の坂の一種で、幕末の風雲急なる時期の速成大筒場に関わる地名である。
東京都文京区目白台三丁目と関口三丁目の間には、音羽の開析谷壁を西側へのぼる傾斜角20度に近い狭隘な急坂があって、坂下には「鉄砲坂」の説明板が建てられている。

その鉄砲坂の半ばから南にトラバースすれば、「文京区立関口台公園」に至るが、公園から神田川の谷側つまりまた南に下る階段を下りるとそこは比較的幅広い坂道で、今度は「鳥尾坂」の説明板を目にすることができる。

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この説明書きを俎上に乗せるのであるが、時間の関係もあって今回はとりあえずその文言を写真で示すに止める。
「校正」という基本プロセスを予算化する習慣のない、お役所文書に付きものの誤記誤植の一例だが、誤りは文章だけ見ていてはわからないだろう。

動物一般がもつ空間・地図認知は、人間の言語・文字認知以前の基層である。
言語・文字認知(虚構の一種)が、始原的な空間・地図認知を軽視あるいは無視することはよくあることで、これもその例のひとつである。

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悲しい運動会

大型台風直撃のために延期や中止となった運動会のことではない。
先般たまたま近隣の小学校の運動会練習風景に遭遇し、思わず目を背けたからである。

芝生の校庭で、運動着という制服を着た大勢の子どもたちが、音楽や号令に合わせて整然と体を動かしている。
何人かの先生がそれを取り囲んで見ている、というより監視している。
ただそれだけであるが、こんな光景のなかに私の過去があったと気付いた。

「運動会」は過去には植民地にも強制したかも知れないが、いまでは日本列島でしか実施されることのない、地球上のアナクロ教育・社会行事である。
いや、北朝鮮などのお得意「マスゲーム」が、ご同類動員行事の例として挙げることができるかも知れない。
この列島においては、初等公教育の従事者(教諭)たちがブラック企業以上の労働環境にあっても、旧態依然たる運動会や学芸会等の「行事」遂行はなお墨守されるのである。

大災害時の地域住民の避難所がおもに学校であり、その体育館とされるのは、19世紀以来の初等公教育を拠点とする中央集権地域動員国家の名残りである。それは上意下達国家体制の残滓である。

運動会から子どもや教師を解き放つことと、体育館や廊下から避難者を救済すること、下意上達体制をつくりあげることは同義なのである。

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オリンピックと避難所

「体育館に雑魚寝」は日本の避難所の典型的光景であろう。
そこで人々は、行政などからの配給を受け、指示を待つ。

縄文時代以前から、人は所帯ごとのプライベート空間を基本として生を紡いできた。
それは生きることの基本である。
「衣食住」が人間生活の原基であるとすれば、体育館雑魚寝避難所に「住」は存在しない。
人は赤の他人に、自分の寝顔や寝姿などをさらすいわれはないのである。
しかし避難所の「責任者」の多くは、「絆」や「平等」をタテに「勝手な行動」を禁止し、「間仕切り」さえ拒否する。

避難者はストレスにさらされ、不眠に襲われる。
床面生活は冷えと埃・雑菌をもたらして呼吸器症を発症させ、高齢者などは肺炎を繰返して死に至る。
数少ない避難所のトイレはたちまち最悪の状態となり、「使用禁止」の紙が貼られる。
男女別のトイレがあったとしても同数のため、とりわけ女性が排尿排便を「我慢」せざるを得ず、水をひかえてエコノミー症候群から肺血栓に陥る。
避難所においてプライベート空間は存在せず、寝返りも打てない狭い空間で人は家畜同然となる。

熊本地震の避難所生活が原因で亡くなった人の家族からは「地獄のような環境」という言葉が発せられたが、近い将来想定される巨大都市圏の広域大都市災害では、災害の直接死よりも「地獄の避難所生活」を契機とする災害関連死のほうが断然多く、またそれは膨大な数にのぼると思わなければならないだろう。
マスコミは日本人の美徳や美談を追いかけ、避難所の負の側面が表に出ることはめったにない。
テレビ画面によって刷り込まれた「体育館雑魚寝」が当たり前と思っているならば、われわれはよほどお目出度いかお人よしなのである。

「体育館や廊下に雑魚寝」は世界的には論外で、国際赤十字の「スフィア基準」(sphere〈球体=全地球〉)に遠く外れている。つまり「難民キャンプ」以下の状態なのである。
ことは人命にかかわるというのに、災害特別予算は大部分が見返りのある巨大な土木建設費や核汚染対事後費用、防衛費に流れ、人の「生」の現場には「余滴」ほどしか届かないのが日本の政治の現状である。
日本に似た地震火山国のイタリアでは、政府機関の「市民保護局」が直接、避難所の設営や避難者の生活支援を行うという。
「オリンピック」以前に、政治貧困の象徴のような自治体任せの「体育館避難所」から離陸し、一家にテント一張ないしは宿泊施設借り上げなどが標準とならなければ、災害大国日本は避難に関していつまでたってもよちよち歩きのコガモかアヒルで、旅行や訪問は敬遠されるか、世界の笑いものになるだけである。

北海道の「ブラックアウト」では、中国からの観光客をはじめとする多くの外国人が「情報の谷間」に取り残されたが、一部が体育館などに案内され「ほっとした」と美談めかして報道されたことは記憶に新しい。
熊本もそうであるが、復旧後に外国人観光客(インバウンド)が戻らないのは「風評被害」でも何でもない。
内向きの避難想定と避難所、そして日本人の頭の中が疑われているだけである。

霞が関や永田町の政治・政策がマクロな問題であるとすれば、ミクロとしての各地の避難所の問題点は、避難者がもっぱら行政担当者や地域ボスなどの「責任者」の指示に従い、皆おなじ行動をとることが求められるところにある。内閣府を筆頭に、町内会・自治会の防災マニュアルに至るまで、ほとんどはそのような書き方をしている。

避難当事者とりわけ女性が「主体」となって、避難所の決定プロセスに参加することは、はなから想定されていないのである。外国人の避難者も想定されていないか、別扱いとなっている。
避難者が行政の「客体」とのみイメージされているかぎり、これまた日本の未来は存在し得ない。

ところで、この災害列島においては「てんでんこ」という古くからの言い伝えがある。
「津波てんでんこ」は三陸に伝わる、肉親を捨ててでも逃げられる者は先にひとりで(てんでに)高台に逃げろという非情な知恵だが、「群れ」や「絆」に捉われていると、助かる命も助からない場合が多いことは、先の戦争と空襲でも証明済である。
従順な家畜であることを拒否する「てんでん者」からしか、道はひらけないのである。

枝落ちし野分過ぎれば咎ありと駅前古木皆伐られたり

「大木」や「古木」と言うには少し足りないけれど、それでもその三本のケヤキの木は堂々としていて、たくさんの枝を広げ、夏には一息つける木陰をつくり、夕方には鳥の群れを受け入れ、その蒸散作用で駅前の廃熱の幾分かを和らげ、それ以上に三本の緑のひろがりは、人の心を知らず知らずのうちになごませてくれていたのです。

それがあっと言う間に伐り倒され、運び去られて、無惨な切株と素寒貧の駅前風景がひろがるだけとなったのでした。

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この前の突風と言うか強風を伴った集中豪雨の際に、枝落ちか倒木にちかい状態になったのでしょう。
国分寺駅南口のその一帯は人が通れないように紅白ダンダラのバリケードが設置され、一時はものものしい警戒ぶりでした。

土地を所有するJR東日本の担当責任者つまりは「駅長」でしょうが、即断で伐採を手配したのでしょう。
街なかの緑化に責任のある準公共機関が、こうした責任逃れの対処しかできないとすれば、愚かと言うほかありません。

樹木をなきものとする文明は早晩滅びる、とまでは言いませんが、このような短絡が人の心を知らず知らずのうちに荒ませていくことだけは確かである、とは言えるでしょう。

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2018年9月の新刊

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地域史研究の最前線に身を投じ、30年以上にわたり
日本列島約4000ヵ所以上を調査・踏破してきた著者が
ここに明らかにし得た、東日本の被差別部落起源!
     
本田豊著『部落はなぜつくられたか ―茨城県の部落史』
ISBN978-4-902695-31-1 C3021
B6判 196ページ 地図・索引付
並製 本体1200円+税

目 次
第一章 茨城県の部落の現状とその特徴……………1
 石田三成と部落/東北地方にも部落は存在する/茨城県の部落数と人口/今も根強い部落に対する差別意識/多くは消えてしまった非人部落/利根川と部落/長吏とは誰か/かはた呼称は部落とは無関係/洪水と竹林の関係/サンカと言われた人々/非人として扱われた江戸時代のサンカ/以前の墓地は土葬だった/板碑を持つ墓地もある/豪華な墓石もある部落の墓地/部落には大地主もいた 

第二章 茨城県の解放運動……………………………45
 水平社の拠点は旧総和町/茨城県下の解放運動の困難性/茨城県解放運動は古河から開始された/行政は何もしなかった/五霞町では融和事業が行われた/解放運動を活性化させた高松差別裁判
 
第三章 近代文学と被差別者…………………………69
 序文は夏目漱石が書いた/部落史の視点で読む/女性は学校に通っていなかった/根深い間引きの習慣/シャボン玉は間引きの唄/梅毒を引き受けさせられた女性たち/土葬が一般的だった茨城県/犬はさかんに食べられていた/猫も食べられていた/馬喰という商売もあった/瞽女さんという芸能者もいた/冠婚葬祭には乞食もきた/古河には遊郭があった/大問題だった軍隊内の花柳病/漂泊の芸能者/差別された芸能者/非人の仕事は役所がやるようになった/部落は古墳の警備はしていない/後に尾を引く洪水の被害/藁葺や茅葺屋根は燃えやすかった/「下人」に対する差別  

第四章 白山神社は語る………………………………123
 東日本の部落には白山神社がある/白山神社は弾左衛門の支配地域に建てられた/水の神である白山神社/白山神社の建物は大小様々/白山神社は弾左衛門支配の確立記念に建てられた  

第五章 部落はなぜつくられたか……………………143
 部落がつくられたのは理由がある/落ち武者伝承/県下各地の具体像/境町/五霞町/旧真壁町/結城市/旧総和町 
              
  茨城県地名索引

本田 豊(ほんだ・ゆたか)
1952年埼玉県生まれ。部落問題論、被差別社会史論専攻。元東京都立大学人文学部講師。部落史関連著書は『部落史を歩く ―ルポ東北・北陸の被差別部落』(1982、柏書房)『白山神社と被差別部落』(1989、明石書店)『被差別部落の民俗と伝承』(1998、三一書房)『戦国大名と賤民 ─信長・秀吉・家康と部落形成』(2005、現代書館)ほか多数。

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森鷗外『雁』の虚実

ここ2、3年は学生の成績評価登録を終えようやく夏休み、と思う間もなく忙しくなる。
早稲田大学エクステンションセンターの社会人講座も引き受けていて、そちらの方の準備が学生相手とは別の面で気が抜けないからである。
リピーターも多く、素材の「使いまわし」で済ませているわけにはいかない。

その講座も昨日で漸く一段落。
来週あと1回を残すが、それは見学会としているので気持ちに余裕がある。
ところで、昨日の講義で言い残したことを思い出した。
以下はその要点である。

故前田愛は『幻景の街 -文学の都市を歩く』(1986)のなかで森鷗外の小説作法について、鷗外自身が『青年』のなかで使った「測地師」という言葉を援用した後「「地図小説」という言い方が許されるなら、近代小説のなかでも『雁』ほど見事な「地図小説」はちょっとほかに例がない」と言い、「『雁』の鉄筆で刻んだような正確無比の描写」という言葉で「森鷗外『雁』不忍池」の章を締めくくった。

前田はこの章で、参謀本部陸軍部測量局の「五千分一東京図原図」について「地図の宝石」とも言っており、地図と文学のあわいを愛好する者にとっては逸することのできない文章なのだが、地図はさておき鷗外こと森林太郎について、彼が生前から「文壇の神」に祭り上げられ今なおそこから脱し得ないのは、われわれ自身が囚われている近代の虚構があるからだと、私は思っている。

『雁』の主人公は「かこいもの」であるが、当該作品はもちろん虚構、つまりつくりものである。
作者の手際が「正確無比」のように見えるのは、こぼれ落ちている虚構ミスや韜晦が「神様」のご威光に隠れて気づかれないからだろう。

前田愛はテクスト論、記号論を駆使し、文芸評論で目覚ましい活躍を示したが、とりわけ対位法を多用した記号論の手際は、大変にわかりやすくまた面白いものがあった。
しかしながらそれだけに、スタティックな構図に終始し、それを固定する危険性をもはらんでいたのである。

近代初頭まで不忍池に飛来し、小説のもう一人の主人公岡田の投げた石に当たって死んだとされたガンは、マガンとみて間違いない。マガンはガン類のなかでは中型の鳥だが、ニワトリやアヒルよりもずっと大型で、体重もある。例えて言えば、そのへんのイヌ、ネコより大きいのである。

余分なことだが15年ほど前、編隊飛行する大型の鳥類を見掛けて、東京にもガンがもどってきたと言った者がいたが、それは無知のなせる失言であった。草食のガン・カモ類が、湿地や水田の一掃された東京とその周辺に生息できるわけはないのである。雁行するのは、近年猖獗をきわめる肉食のカワウであった。

さて、イヌ、ネコより大型の鳥獣を、小説『雁』の終末で書かれているように一回の投石で斃すのは可能であろうか。
いかに「当たりどころが悪かった」と言っても、小説の虚構としては不自然にすぎる。
まして対象は、池水の表面に浮いている水鳥である。
投石した主人公の岡田は競漕(現在の競艇)の選手ということになっているが、砲丸投げの選手が砲丸を飛ばしたという設定なら、あるいはガン狩りも可能であったかもしれない。

さらに言えば、不忍池の端で鳥獣殺傷用の手ごろな「石」をみつけるのはそう簡単ではなかったはずだ。
いつも指摘していることだが、江戸東京のとりわけ中心部は地下2000~3000メートルまで砂泥と火山灰の堆積物でおおわれているため、古墳の石室や石垣の素材はもちろんのこと、墓石から漬物石まで、通常は「他国」から水路を運んできたものが用いられたのである。
河原の玉石は、多摩川の中流ではじめてお目にかかれる。
不忍池の周辺をめぐる小道に砂利が敷いてあった可能性もなきにしもあらずだが、それくらいの石ころでガンを殺傷できるとは考え難い。

小説『雁』のタイトルにもなっている末尾のエピソードがこうした不自然でなりたっていたとすれば、その最終端部(弐拾肆)では鷗外は一字ばかりのミス、しかし「地図」としてはきわめて重大な誤りを犯し、文を破綻させていた。
すなわち無縁坂に「無限の残惜しさ」を現わして立っていたお玉の前を通り過ごした後、「三人は岩崎邸に附いて東へ曲る処に来た。一人乗りの人力車が行き違うことの出来ぬ横町に這入るのだから、危険はもう全く無いと云っても好い」状況に至ったのだが、この「東へ曲る」は「南へ曲る」でなければつじつまが合わない。
これは前田愛が絶賛してやまない「五千分一」図を見ればすぐわかることである。「鷗外の正確無比」は神話である。

編集者や読者は、神様が相手だとつい「やりすごして」曖昧化し、そのご威光を曇らせるのを遠慮するが、不自然は不自然、間違いは間違いである。
こうしたことは、鷗外本にかぎらずほかの神様本でもよく見かける。
そうして近年では、神様どころか魑魅魍魎、狐狸河童の類のお手軽本が、カラー図版や美装丁の下にぼろを下げながら大手を振ってまかり通っているのである。

『雁』は「お妾小説」である。その系譜は四半世紀後の矢田津世子の「神楽坂」まで一直線に引かれる。
鷗外こと森林太郎はマザコンであった。
その母峰子は長男林太郎の初婚を左右し、離婚後は妾をあてがい、林太郎が40を越した時に18歳年下の再婚相手を探してきさえした。
林太郎はそれに応ずるほかなかったのである。

そうして『雁』の主人公お玉をかりて書きつけたのは、自身にとってのイデアルな(理想の)「妾」の姿でもあった。
西欧の思潮に通じ、自宅近くの青鞜社のメンバーとも交流のあった林太郎は、自分の「お妾小説」に精一杯「余韻」を施したが、その底意は明らかである。
それは「(女性の解放や自立と言っても)そんなにうまくことははこばないよ」というメッセージで、それ以外ではなかった。

林太郎は、自身が晩年まで家付き娘であった母の政治力の下にあったし、また脚気論争でも研究の趨勢を知りながら陸軍病原菌説の頭目として最後まで反論を圧伏しなければならず、実際そうしたのである。林太郎の心の屈折と闇、そして罪は深いのである。

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再掲 -つくり本・ぱくり本

前回のブログでも触れたが、ますます猖獗をきわめる地図・地形の阿呆イベントやマニア増殖に鑑み、以下再掲する。

最近私と地図の関わりを知っている同郷の知人から『地図で楽しむすごい宮城』(Y社)という本が送られてきて一見。
好意で送ってくれた当人には悪いが、出版界もついにここまで来たかと思った。
都道府県研究会著、2018年5月刊、というオールカラー本である。
この手で全国都道府県47冊つくり、そこそこに売れて利益も出せるのだろう。
この本は以下に述べるように「つくり本」であり、「ぱくり本」の典型でもある。

しかしそれ以前に、「宮城」という語が平然と使われていることには笑うほかない。
「宮城」や「東北」などという地名は、福島や岩手、青森同様、近代史において「白河以北」(奥州)を貶めるため、薩長政府によって意図的に布置された差別語である。
そのことに無知のまま「すごい」を謳う地理・歴史本は、愚物以外の何物でもないのである。

(以下再掲)
「つくり本」とは私の用語だが、著者(もしくは編者)が個人名として明記されておらず、著作責任の曖昧ないし不在の本のことである。出版社の編集者が単身または社内の何人かで分担執筆したり、知り合いのライターに丸投げしてつくった本、と判断してよい。
要は著者に支払うべき「印税」をかぎりなくゼロとしてチープに、著作のために必要な「時間」を最大に圧縮してインスタントに、つくるから「つくり本」なのである。印税分の何割かは印刷にまわせるから、オールカラーというような芸当も可能である。「見てくれ」と理解の安直さで売り部数を上げるテイの本だが、それがここ十数年書店店頭に文字通り溢れかえっている。
一昔前までは、その筋の権威の「監修」や「編集」本ないしはそのシリーズを結構目にすることがあった。オーソリティの崩落した現在ではあまり流行らないが、これもつくり本の一種であった。つまり「その筋」は名前を貸すだけなのである。
だから「責任編集」などという笑えない言葉も誕生した。しかし今日の日本列島ほど、安直なつくり本が大手を振って跋扈している光景は他にないと言っていい。
著作責任が曖昧ないし不在であるのはもちろんのこと、コピー&ペーストでつくりあげるから、「参考文献」も適当に巻末に挙げておくだけ、ないしはまったく掲げることもない。つまり資料批判や先行業績へのリスペクトも、ほとんどが欠落することになるのである。
オリジナルな先行業績をわざと紹介せず、または曖昧にして、その本自体が根拠となるかのように書かれている「朦朧本」もよく目にする。こうなると「つくり本」というより「ぱくり本」で、近年ネットの連載をそのまま本にしたようなものが増えているが、その多くはこの範疇に入る。ぱくり本には、堂々と著者名を明記しているものもあるが、それは「本」というものの本質が、出版社や編集者においてすら忘れられているからである。結局のところ「編集」とは名ばかりで、テキスト・チェックの過程が存在せず、本を垂れ流すための製造過程の一部と化しているのである。
昨今における、こうした駄本の洪水のような現象の背景には、戦後日本の出版流通システム、すなわち大取次制度の負の面が作用している。とにもかくにも売れそうな、つまり柳の下のドジョウを作り上げて取次に押し込んでしまえば、とりあえずは「金」になるという現実が存在する。
もちろん「返品」との競争になるが、出版の経営者や社員の大部分は、この「取次一時金」をあてにした自転車操業システムと縁を切る、ないしはそこから降りることはできないと思っている。
これは今に始まった現象ではないが、出版不況が深刻化すると売上を確保するために、こうしたつくり本は激増する一方となるのである。
「本」が文化の基底となったのは、まずはその物質性、固定性に拠るのである。つまり思考の物的な「根拠」ないしは「証拠」となり得るからである。デジタル情報は可塑的というより流動的で長期保存は不可能であり、一時的な記録には好都合だがそれ以上のものではない。
「一時金」のためのその場しのぎの「本」づくりは、「出版」の根拠を自ら掘り崩すような行為であり、自殺行為と言ってもよい。
つくり本やぱくり本のほうが売れ、あるいはその著者のほうが名を知られるなら、調査と思考に時間をかけたオリジナルな本の執筆者はバカをみる。そうした文化の基底の溶解過程は、ネット情報の虚妄にさらに拍車をかける。
だから、すくなくともそれなりの図書館、そして読者においては、こうした「つくり本」や「ぱくり本」は選書や購入候補から外す、という見識ないし良識をもたないかぎり、戦後日本の「出版文化」、いや「文化」そのものも総体として墜落するしかないのである。

現今の日本列島の愚かさは、
①ハンコ(印鑑)
②戸籍
③元号
に象徴される。

これら日本列島に流通する特異事象は、「世界の非常識」である。
とりわけ①については象牙にかかわり、日本という極東国家は現代ゾウ絶滅の最大の元凶である。

あとは言わずもがな。
なくていいもの、とりわけ「お役所」およびそれに準じる部署のの許認可権を増幅するこうした贅肉は阿呆のしるしである。
戸籍制度は世界にも珍しい。
ヒト家畜でなく、血統は問わないのだから、住民登録で十分である。
元号も言わずもがな。「一世一元の制」は、薩長が発明した「近代天皇制」の虚構のひとつであって、「時間のひとりよがり」以外の意味はない。歴史的にも、天皇一代と元号は決して対応せず、それは人間ではなく暦、ひいては天文の属域にあった。
現代はもうすぐそうではなくなる「平成時代」では決してない。現代は、江戸時代につづく「東京時代」である。
しかしその「東京時代」「東京帝国」も、そろそろ終わりを告げようとしている。
私の『江戸の崖 東京の崖』は、そのことを伝えようとした本なのだが、「地形の本」としか解釈できない、ブラタモリ流の素人地形地誌マニアの阿呆が多すぎるのだ。

(以下、「国分寺マンションニュース」2018/07/10投稿・未掲載)

腰痛が持病のようになって、それが原因で2度も救急車のお世話になった身としては、後期高齢者以前ながら外出に杖は欠かせません。トレーニングと称して階段を2ずつ上がっていたのはずいぶん昔の話。数年前からはエレベーターとエスカレーターが頼りとなりました。

最近国分寺マンションのエレベーターホール掲示板に「地震災害時外側非常階段使用禁止」の貼紙を見かけます。ステンレスでもないかぎり鉄の外階段が腐朽するのは早いだろうとは思いますが、非常時に非常階段が使えないのは困ります。火災が発生した場合は、屋内階段は防火扉が閉められ使用できなくなりますから、非常階段を使わないわけにはいかないのです。

しかし今回の本題は非常階段ではなくて、エレベーターについてです。豪雨や洪水が話題となっている昨今ですが、まだ記憶に残る6月18日朝の大阪北部地震では、東日本大震災の1.6倍の339件のエレベーター閉じ込め事故が起きたと報道されました。そのうちの25件は7時間以上も「かご」のなかに閉じ込められたと言われます。

1958年公開ジャンヌ・モロー主演の「死刑台のエレベーター」以降、サスペンス映画でエレベーター閉じ込めを扱った映画は少なくないようです。それだけ「密室閉じ込め」の恐怖は大きいのです。

2009年には「地震時管制運転装置」導入が義務づけられましたから、一定震度以上にはエレベーターが自動的に至近の階で開扉するはずですが、その装置のない旧式エレベーターはもちろんのこと、「いざ」と言うときに停電やらコンピューターの誤作動やらは付きものですから、新築マンションのエレベーターといえども「安心」と済ませているわけにはいかないでしょう。

まして私たちが住む世界一の巨大都市圏を襲う直下地震の場合、閉じ込めエレベーターの内部から外へ連絡がつながったとしても、エレベーター会社の管理センターや消防が一般のマンションまで手が回るようになるのは、数時間後どころかまる一日以上、場合によっては何日も後になる、と考えておいたほうが無難なのです。

中央防災会議の報告でも、今後30年間に70%の確率で首都直下のM7クラスの地震が発生し、30000台のエレベーターが閉じ込めにつながる停止を起こし、最大で17000人が閉じ込められ、救出には少なくとも12時間以上を要すると推測されているのです。これは1日や2日は覚悟せよ、と読み替えていい数値です。

このため官公庁や企業の一部では、エレベーター閉じ込め対策として、「かご」の隅に三角柱のボックスを置き、飲料水、簡易トイレ、ラジオやらホイッスル等、そしてトランプまでの各種グッズを格納し、またそれを簡易椅子として使用できるようにしているところもあると言います。

エレベーター閉じ込めでもっとも怖いのは、トイレが我慢できなくなった時です。高齢者はトイレが近いし、寒ければなおさらで、子どもでも暑いさなかには水を飲んでトイレが我慢できなくなる。「かご」が満員であれば、立ちっぱなしで何時間も、あるいはそれ以上の時間をひたすら「待つ」しかありません。その「地震」はいつやってくるか、明日か、十分間後か、誰にもわからない。

というわけで、当方は「エレベーター閉じ込め」の可能性を自覚してからは、駅ビルなどではエスカレーターを使用し、マンションでは重い荷物がないかぎり、杖をつきながらも、もっぱら階段を上り下りすることにしています。そうして気づいたことは、屋内の階段が結構幅広いのはいいとして、手すりが大変使いづらいことでした。片側に1本しかなく、それもステンレス製の結構太い手すりなのです。

近年福祉施設や公共的な場で普及しはじめた階段手すりは、細く握りやすい木製のもので、しかも上下2段となっているものです。それも階段の片側だけではなく、両側に付いていて、しかも途中に「アキ」がないことが大事です。ステンレス製は、夏場はまだいいとして、とくに寒冷期には困ります。いずれにしても、時によって命綱の代わりともなる手すりは、「付いていればいい」というものではありません。

まして地震時にはエレベーターは使えず、非常階段が使えないとなれば2階以上のマンション住人全員が、屋内ひとつ階段の上り下りに集中することになるわけです。エレベーターの管制装置やかごの防災グッズ格納器については措くとしても、とりあえず階段手すり問題については、早期の対応が必要でしょう。

その一方で、とりわけ竣工以来時を経ている国分寺マンションの場合に必要なことは、エレベーター閉じ込め発生時に居住者が協力して対応できるような体制をとっておくことでしょう。つまり、消防やエレベーター会社などをあてにせず(「その時」に対応してもらえると思ったら大間違い。一斉広域災害の「消防」救出順位は①病院、②公共施設、③民間ですから、一般のマンションは「自力」準備が不可欠)、自力で閉じ込め者を救出できるよう対処訓練しておくべきでしょう。

その際に重要なのは、簡易トイレ使用訓練も併せて行うことです。簡易トイレないし携帯トイレについては、地震で水洗トイレが使えなくなった場合に備えるもので、エレベーター閉じ込めに限らず、各人の必需品です。お定まりの消防消火器訓練などよりも、こちらのほうがよほど重要であるのは論を俟たないでしょう。

以上の事柄は、すでに長期修繕委員会や理事会などでは話し合われたことかも知れませんが、既述の拙文「防災井戸」や「震災時排水問題」と併せ、一般の注意を喚起する意味で投稿させていただきました。

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