[物語の宝庫]

鈴木博之(東京大学大学院教授)

3000分の1の「帝都地形図」と題された地図を眺めて、驚き入ってしまった。
歩いたことのある辺りの地図を見ると、地図だから当然であるが、道路が描かれ、神社仏閣、主要な工場、邸宅などが細かく記入されている。地図のなかの文字情報は計り知れない価値があるので、思わず見入ってしまう。
ここに三井別邸があったのか、ここは同潤会の戸建て住宅地だったのか、こんなところに牧場があったのか、この山本邸というのは誰の邸宅なのか・・・・・・・。驚くことばかりである。
ここには高度経済成長で失われた東京のすがたが留められている。むくむくと好奇心が沸き上がってくる。 
等高線も入っているので、微地形も把握できる。まるでタイムスリップしながら町のなかを歩いているような気持ちになる。消えてしまった川も発見できる。急に物知りになった気分も漂う。
この地図を眺めはじめると、ふらふらふらふらとどこまでも地図の上を歩きつづけたくなってしまう。 
こんなに楽しい地図はない。ここからさまざまな物語、さまざまな史実、さまざまな理論、さまざまな未来像が描けるにちがいない。
楽しみである。
ひとつだけ気づいたことを書いておくと、今の埼京線、かつては赤羽線と呼ばれていた線路が、この地図では山手線と記入されている。こうした時代もあったということなのか。これもまたこの地図からの収穫である。