Archive for 9月, 2018

枝落ちし野分過ぎれば咎ありと駅前古木皆伐られたり

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「大木」や「古木」と言うには少し足りないけれど、それでもその三本のケヤキの木は堂々としていて、たくさんの枝を広げ、夏には信号待ちでほっとする木陰をつくり、夕方には群れ雀の大群を受け入れ、その蒸散作用で駅前の廃熱の幾分かを和らげ、それ以上に人々の目を緑でなごませてくれました。

それがあっと言う間に伐り倒され、運び去られて、無惨な切株と素寒貧の駅前風景がひろがっているだけとなったのでした。

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この前の突風と言うか強風を伴った集中豪雨の際に、枝落ちしてけが人でも出たのでしょう。
国分寺駅南口のその一帯は人が通れないようにダンダラのバリケードが配置され、一時はものものしい警戒ぶりでした。

役所の担当部署の責任者は、早速伐採を手配したのでしょう。
街なかの緑化をすすめるべき行政が、このような責任逃れしかできないとすれば、愚の極みと言うほかありません。

木をなきものとする文明は早晩滅びる、とまでは言いませんが、こうした行為が人の心を知らず知らずのうちに荒ませていくことだけは確かである、とは言えるでしょう。

そうして、「安心」「安全」や「防災」はては「絆」といった概念や言葉が、容易に「野蛮」や「無慈悲」そして「排外」に転化しうることも、この光景は示唆していると言えるでしょう。

collegio

2018年9月の新刊

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地域史研究の最前線に身を投じ、30年以上にわたり
日本列島約4000ヵ所以上を調査・踏破してきた著者が
ここに明らかにし得た、東日本の被差別部落起源!
     
本田豊著『部落はなぜつくられたか ―茨城県の部落史』
ISBN978-4-902695-31-1 C3021
B6判 196ページ 地図・索引付
並製 本体1200円+税

目 次
第一章 茨城県の部落の現状とその特徴……………1
 石田三成と部落/東北地方にも部落は存在する/茨城県の部落数と人口/今も根強い部落に対する差別意識/多くは消えてしまった非人部落/利根川と部落/長吏とは誰か/かはた呼称は部落とは無関係/洪水と竹林の関係/サンカと言われた人々/非人として扱われた江戸時代のサンカ/以前の墓地は土葬だった/板碑を持つ墓地もある/豪華な墓石もある部落の墓地/部落には大地主もいた 

第二章 茨城県の解放運動……………………………45
 水平社の拠点は旧総和町/茨城県下の解放運動の困難性/茨城県解放運動は古河から開始された/行政は何もしなかった/五霞町では融和事業が行われた/解放運動を活性化させた高松差別裁判
 
第三章 近代文学と被差別者…………………………69
 序文は夏目漱石が書いた/部落史の視点で読む/女性は学校に通っていなかった/根深い間引きの習慣/シャボン玉は間引きの唄/梅毒を引き受けさせられた女性たち/土葬が一般的だった茨城県/犬はさかんに食べられていた/猫も食べられていた/馬喰という商売もあった/瞽女さんという芸能者もいた/冠婚葬祭には乞食もきた/古河には遊郭があった/大問題だった軍隊内の花柳病/漂泊の芸能者/差別された芸能者/非人の仕事は役所がやるようになった/部落は古墳の警備はしていない/後に尾を引く洪水の被害/藁葺や茅葺屋根は燃えやすかった/「下人」に対する差別  

第四章 白山神社は語る………………………………123
 東日本の部落には白山神社がある/白山神社は弾左衛門の支配地域に建てられた/水の神である白山神社/白山神社の建物は大小様々/白山神社は弾左衛門支配の確立記念に建てられた  

第五章 部落はなぜつくられたか……………………143
 部落がつくられたのは理由がある/落ち武者伝承/県下各地の具体像/境町/五霞町/旧真壁町/結城市/旧総和町 
              
  茨城県地名索引

本田 豊(ほんだ・ゆたか)
1952年埼玉県生まれ。部落問題論、被差別社会史論専攻。元東京都立大学人文学部講師。部落史関連著書は『部落史を歩く ―ルポ東北・北陸の被差別部落』(1982、柏書房)『白山神社と被差別部落』(1989、明石書店)『被差別部落の民俗と伝承』(1998、三一書房)『戦国大名と賤民 ─信長・秀吉・家康と部落形成』(2005、現代書館)ほか多数。