Archive for 10月, 2023

collegio

『東京の自然史』について

A
自然史というから植生や生態系の変遷についての話かと思った。
タモリ倶楽部で紹介されていたので読んだが、あまりにも理系めいた内容だったため、途中でギブアップ。
専門用語がかなり説明なしで出てくる。
説明図が少なすぎる。(当書にはなく、その後出現した)デジタル標高地形図は(本書の理解に)本当にいい。
一般書としては説明も不十分でかなり読みにくい。
土木技術者で、多少は地形・地質の知識を持つ私からしても、結構苦労した。

B
東京という土地の歴史と現在を書いた決定版。
地理学、地形学の名著。
南関東の地形の成り立ちを知るうえでバイブル的存在。
東京周辺の地形を知るための古典。
防災の観点からも、知っておくとためになるような記述が多々。
どんなふうに東京の地形が形作られたかを知る入門書の決定版。

上掲はいずれも「読書メーター」から標記の本の評価を適宜抄出した。
Aグループは否定的評価、B集合はその反面であるが、Bが紋切型あるいは受売型であるのに対して、Aは具体的で、この本の「一般」に対する立位置を率直に語っている。

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上の写真は私蔵の紀伊國屋新書版で、扉には「第二版」とある。
奥付には

1964年10月31日 第1刷発行
1971年7月31日  第10刷発行
1976年2月15日  第1刷発行

と記されているから、第二版の1976年刊本である。

つまり初版から数えれば来年で還暦となるわけだが、その間には本書は2回変身を遂げている。
下の「増補第二版」も私蔵本で紀伊國屋書店版のハードカバーだが、その奥付は

1979年3月15日 第1刷発行
1994年2月28日 第14刷発行

となっていて、初版から30年の間に約30回、つまり平均すれば毎年刷られていた勘定になる。

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そうして2011年には、これが文庫本に変身したのである。
下の通り、現在は講談社学術文庫の1冊として入手可能であるが、上掲の評価のうち図版にかかわるものから考えると、文庫もよしあしということにになるだろう。

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文庫本は、近隣の書店で確認したかぎりでは、2011年11月1刷、2018年8月15刷であった。

なお本書初版の1964年には高橋裕(河川工学専攻:1927-2021)氏が『朝日ジャーナル』(12月13日号)に紹介、翌年3月岩波の雑誌『科学』で吉川虎雄氏(地形学専攻:1922-2008)が書評した。

また初版から32年後であるが、著者本人(貝塚爽平:1926 - 1998)が雑誌『地理』(1996年6月)に「『東京の自然史』の背景」という文章を認めている。

さらに世紀をまたいで、雑誌『東京人』(2016年5月)が「東京凸凹散歩」特集のなかで取り上げ、「地形学者貝塚爽平の遺したもの」(小林政能氏。ただしそのタイトルは「地形愛好者のバイブル『東京の自然史』)という記事となった。

翌2017年、著者貝塚爽平氏のお弟子の一人である松田磐余氏(現関東学院大学名誉教授)は、3月の法政大学地理学会のシンポジウム「『ブラタモリ』は地理学か?」において「 貝塚爽平著『東京の自然史』から52年」という基調講演を行った。

それぞれは、今日本書を解読する上で、参考となる面をもつだろう。

さて、紀伊國屋書店の単行本には当該書の「姉妹編」が存在する。
そのカバージャケットは、場所こそ違うものの先行本同様迅速測図の刊行図版を用いているが、中味は単著ではなく編著書で、1982年2月初版である。

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編者のうち沼田真氏は植物生態学専攻、小原英雄氏は哺乳動物が専門で、両氏を含む22人の執筆文が網羅されている。
つまり前掲評にあるように、「東京の自然史」というタイトルが植物や動物を含む環境史でないことに対応した出版なのである。
以下、この本の編者の「まえがき」は、先行書との関係を伝えている。

紀伊國屋書店から刊行された貝塚爽平著『東京の自然史』は名著の声が高く、その恩恵に浴した人は少なくないであろう。そこでその向こうをはってというわけではないが、それにあやかって、同じくナチュラル・ヒストリーの大きな部分をしめる生物史に焦点をあてて1冊をあもうとしたのが本書である。本書では、地質時代の東京という古いお話からはじめて、江戸と東京をめぐる数々の話題を、それぞれ長年手がけておられる専門の方方に依頼して書いていただいた。(略)本書のような形で生物相や生態系を概観したのはそう多くはない。今の東京といっても、それは1980年代はじめの東京であって、好むと好まざるとにかかわらず生物的自然は変貌していくであろう。終章にも示されているように、東京そのものが変貌していくであろうから、そういう意味では、これは1980年代、あるいは戦後の生物的記念碑といってもよいかもしれない。 1981年12月25日 編者

貝塚著が扱う「地形の時間」は、万年が基本単位である。
片や生物史の変容の時間単位は基本的にはその10分の1以下で、とりわけ20世紀とその末期は幾何級数的様相を示し、「アンソロポセン」が提唱される事態となった。つまり地表の生物相の激変が、地形ならぬ地質の時間を逆照射したのである。
この「姉妹図書」は、「地」と「生」二様の時間を示唆して興味深い。

そうして、こときすでに「名著」の評が存在したのである。
いつ、誰が、何の根拠をもってそう言い出したのかは、まだわからない。