Archive for 2月, 2024

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左『復元江戸情報地図』(1994年刊)の一部/右『大江戸今昔めぐり』(2017年リリース)の一部

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facebookでHistorical mapsというサイトを見ていると、欧米を中心としたいろいろな「歴史地図」が登場するが、たまに「古地図」の例示が混入する。

講座では機会あるごとに言い、またあちこち(このサイトでも)で書いているが、日本語の「古地図」(old maps)と「歴史地図」(historical maps) はまったく別概念で、前者は過去における現在の空間認知表現、後者は現在における過去の空間認知表現、つまり表現の時間ベクトルが異なるのである。「古地図は最新地図」という、一見矛盾した謂いが成立する所以である(拙著『地図・場所・記憶』『古地図で読み解く 江戸東京地形の謎』等参照)。

日本地図学会監修『地図の事典』(朝倉書店刊、2021年、18000円)ではそのことがまったく理解されておらず、間違った説明が堂々と掲載されていた(132ページ「歴史地図」の項)のには驚いた。
版元の編集部にメールして増刷時には書き直させたが、他の訂正箇所を問い合わせたところ、それ以外でも私が気づいたいくつかの誤りや疑問点は考慮されていないらしい。
高額本だから公共図書館でも所蔵はかぎられ、まして改版本を見る機会は一般にはほとんどない。
良心的な版元ないし編著者(この場合日本地図学会)ならば、いずれかがネットで訂正を公告して然るべきと思うが、どうだろうか。

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ところで昨今の地図は、スマホで見るものと相場が定まった。
そのスマホの「古地図」ならざる「歴史地図」アプリのひとつに、『大江戸今昔めぐり』がある。

毎年4回2・4・8・10月に講座をもつ早稲田大学エクステンションセンターで、私は東京23区を順番に、古地図および旧版地図を用いて地形とヒトの営みの話をしているが、この2月は13番目の渋谷区であった。
渋谷区エリアは江戸の「朱引き」線にかかる「府内外」の境界領域で、その市街地化の過程はきわめて興味深い。
例示のひとつとして、『復元江戸情報地図 1:6,500』 (朝日新聞社刊、1994年)の一部を使用した。
これはそのタイトルが示すように、信頼に足る典拠により当時の江戸府内を「復元」した著作物で、つまり「古地図」ではなく「歴史地図」である。
明治初期の大縮尺地図(参謀本部「五千分一東京図」)をベースとして、3年がかりで幕末の江戸を平面に描き上げたのは中川惠司氏(現88歳)だが、本の奥付には「監修児玉幸多、編集制作吉原健一郎・俵元昭・中川惠司」と4人の名が並ぶ。しかし中川氏以外は皆鬼籍に入った。

情報メディア激変の波濤、地図は常に最先端を走るらしく、この『復元江戸情報地図』はその後『江戸東京重ね地図』( CD-ROM版、2001年刊)、『江戸明治東京重ね地図』(DVD-ROM版、2004年刊)、そして『大江戸今昔めぐり』(アプリ版、2017年リリース)と、典型的なイノベーション・プロセスの末に、スマホ情報の母体となったのである。
アプリ版では、表示エリアは「江戸府内」から「東京23区」まで拡大され、今では「川越」そして「駿府」(静岡)版がリリース。さらに、「あなたの街の古地図を作りませんか?」と意欲的である。

しかし今日江戸時代の地図を作るとすれば、それは復元作業にほかならず、すなわち「歴史地図」である。
対して「古地図」とは、江戸時代までにつくられたもので、今日記録物(ドキュメント)としての価値をもつ地図の謂いであるから、この用い方は誤りである。ところが「あなたの街の歴史地図を作りませんか?」では、キャッチフレーズにはならないのだ。
「古地図」と「旧版地図」同様、里俗では言葉の概念が溶解し混淆しつつある。
だがもし「学」を目指すのであれば、『地図学用語辞典』(増補改訂版、1998年)に立ち帰る必要があるだろう。

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さて講座の準備中に気づいたのは、イノベーションに伴う内容改定の著しい例である。
冒頭に掲げた図をご覧いただきたい。
左が『復元江戸情報地図』、右が『大江戸今昔めぐり』のそれぞれ同一エリアである。
左図の左下、今の「駒沢通り」は渋谷橋以西のほとんどが欠けており、恵比寿駅近くに存在した、当時としては繁華な町並地(ちょうなみち)の「渋谷広尾町」がまったくネグレクトされていたのがわかるだろう(なお、左図中央から右下にかけての緑の帯は「川敷」である)。

『復元江戸情報地図』の段階では、中川氏も「府内」の精確、とくに武家屋敷のそれを示すのに精一杯だったのだろう。
内容がその時点で固定されてしまうモノ情報と、可塑性をもち随時変更可能なデジタル情報の差でもある。

繰り返すが、「古地図」とは往時の状況証拠すなわち「典拠」となり得るものの謂いである。
書籍であれアプリであれ、仮に「復元」とうたっていたとしても「歴史地図」は誤認を含む「表現」ないし「創作」であり、往時の典拠とはなり得ないのである。

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2月28日水曜日です。
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