Archive for 4月, 2019

共和制すなわちrepublicとは、意思決定が元首の裁量ではなく、議会等において十分吟味された成文法にもとづいて行われる、政治制度のことである。
ここにおいて「法」は、権力者の恣意性や権力の濫用をコントロールし、民人(たみびと)の共同性を担保する普遍性をもつ。

翻訳語「共和」は中国の『史記』に記載された史実と元号にちなみ、その元年は紀元前841年にあたる。

「令和制」とは、政権政党の党首の裁量が、「閣議」を梃子にしてほぼそのまま政策決定化する、現日本列島の政治体制のことで、官界財界等においては制定法を無化する「忖度」が普及、一般化する。

これを「属事主義」の対極たる「属(上位)人主義」の蔓延と言い換えてもよい。
属人主義は、とりわけ官僚たちを、上目づかいの薄っぺらな魚(ヒラメ/カレイ)の類に変容させる。

ここにおいて「法」は裁量の方便すなわち専制の道具となり果てるため、民人の法的地位は「臣民」に陥る。
民人のマジョリティが令和専制を疑わず、議会すなわち選ばれた者たちおよび官僚たちに法を吟味遂行する能力や意志が脆弱な場合、臣も民も等しくドレイであり、裁量専制者は過去の夢想のゆえにハダカの王である。

そうして令和制すなわち仮装立憲政治の行く末は、内戦外戦の有無にかかわらず、また裁量者の主観的な意図に反して、貧困と格差を深化させ、列島国家の衰退と解体を加速させるのである。

掲句「夜の風鈴」(「自昭和三十九年至昭和四十三年」)所収。
当該句の前に「マリが住む地球に原爆などあるな」「浪打の倒れむとして引くも春」の2句あり。

「マリ」句に「わが敬愛する人の長女十二歳誕生日」と詞書(ことばがき)を付す。
今日都市部に稀なる郵便丸ポスト背にしたる子もマリか。健在なれば現今60代も後半ならむ。
然してその父「わが敬愛する人」は、白泉、沼津市立沼津高等学校赴任して12歳を過ぎたればその同僚なるか、詳らかにせず。

「マリ」12の歳より半世紀以上を経、原爆・水爆・原発まして地に遍(あまね)く、列島に新「元号」施行されんとする晩春、愚かさ募りて万愚節三鬼忌にしたためし変形拙歌下掲座興とす。

昭(あきら)けく和して骸(むくろ)の三百萬そのおほかたの渇(かわ)き飢ゑ果つ
いま令(れい)されて和してどうなる

極東の島王エムペラ名乗らせて芋侍ら元号(ゲン)を擔(かつ)ぎて

【評林・白泉抄30】

collegio

万愚節(All Fool’s Day)に

三鬼忌や和を令すてふ馬と鹿

万愚節戦艦夢から醒めぬらし

列島や枠付元号掲ぐひと

吹き曝(さら)し大気に水に傷の花

プレートの端ぞ地獄の花見せん

昭(あきら)けく和して骸(むくろ)の三百萬そのおほかたの渇(かわ)き飢ゑ果つ
いま令(れい)されて和して貧困

極東の島王エムペラ名乗らせて芋侍ら元号(ゲン)を擔(かつ)ぎて