共和制すなわちrepublicとは、意思決定が元首の裁量ではなく、議会等において十分吟味された成文法にもとづいて行われる、政治制度のことである。
ここにおいて「法」は、権力者の恣意性や権力の濫用をコントロールし、民人(たみびと)の共同性を担保する普遍性をもつ。

翻訳語「共和」は中国の『史記』に記載された史実と元号にちなみ、その元年は紀元前841年にあたる。

「令和制」とは、政権政党の党首の裁量が、「閣議」を梃子にしてほぼそのまま政策決定化する、現日本列島の政治体制のことで、官界財界等においては制定法を無化する「忖度」が普及、一般化する。

これを「属事主義」の対極たる「属(上位)人主義」の蔓延と言い換えてもよい。
属人主義は、とりわけ官僚たちを、上目づかいの薄っぺらな魚(ヒラメ/カレイ)の類に変容させる。

ここにおいて「法」は裁量の方便すなわち専制の道具となり果てるため、民人の法的地位は「臣民」に陥る。
民人のマジョリティが令和専制を疑わず、議会すなわち選ばれた者たちおよび官僚たちに法を吟味遂行する能力や意志が脆弱な場合、臣も民も等しくドレイであり、裁量専制者は過去の夢想のゆえにハダカの王である。

そうして令和制すなわち仮装立憲政治の行く末は、内戦外戦の有無にかかわらず、また裁量者の主観的な意図に反して、貧困と格差を深化させ、列島国家の衰退と解体を加速させるのである。

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