Archive for 8月, 2011

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水元公園

東京の東北端、埼玉県三郷市と千葉県松戸市に境を接する水元公園は、江戸時代の小合溜井(こあいだめ)という灌漑用の遊水池をひきついだもの。
けれどもそもそもは、古利根川の旧流路の蛇行跡。
だから、雨量次第では昔の河川が復活する。
64年前のカスリーン台風時における、桜堤決壊はその一例。

この一帯には明治以降も、アシやガマ、マコモが繁茂し、季節がくればアサザの黄色い小さな花が咲いた。
ヨシキリも行々子(ギョギョシ)と鳴き、澪筋(みおすじ)を和船が通る、水郷風景がつづいていた。
行々子どこが葛西の行留り(一茶)。

戦前の水元緑地は170ヘクタールはあったのだが、昭和40年に開園したこの公園の面積はその半分ほどになっていた。
それでも23区中最大の面積をほこる。
そこに行くには、金町駅北口から京成バスを利用する。

水元公園の西の一画。対岸は三郷市
水元公園の西の一画。対岸は三郷市

しかし、この満々と湛えられた水も、現在は電気仕掛けである。
西につながっていた大場川から、ポンプアップした水を循環させて、水質を維持しているという。
電気が来なくなれば、ヘドロの水溜りと化す。
広尾の有栖川記念公園の池も、吉祥寺の井の頭公園の池も、都内ほとんどの公園の池は同然である。

自然の湧水池といえるようなものは、明治神宮の清正井くらいだろう。
なんといっても、あの周域は人工のサンクチュアリ森林に涵養されているから。

水のある風景まで、電気仕掛けにしてしまった「近代」は、いま末期(まつご)の姿をあらわしつつある。

以下は公園内の数値だが、実はそこに向かう途中、水元公園入口バス停付近側溝口では0.52μSV、水元中学校正門前の植込み表土は0.55μSv。
5ヶ月ほど過ぎてなお、きわめて高い数値が計測された(いずれも2011年8月4日午後)。

2011年8月4日午後、水元公園の刈草の上の数値
2011年8月4日午後、水元公園の刈草の上の数値
空中線量はそれほど高くない。やはり3月時点での降下放射性物質の遺留が影響している
空中線量はそれほど高くない。やはり3月時点での降下放射性物質の遺留が影響している

「近代」は、都市域を肥大化させ、「卑湿の地」を剥奪し、あらゆるものを電気仕掛にして止まない。
その挙句が、かくなる結果をもたらした。

「除染」の究極は、都市そのものを地下化したり宇宙船化することになるが、それは結局不可能である。
「地域」にとっては、「近代」そのものが、巨大な災害の時代にほかならないのである。

脱原発ではない。
脱(巨大)電力、脱(巨大)流通・移動こそが、今世紀の人類の着地点である。

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猿の惑星

国際放送Russia today映像報道。
福島で放射性物質計測中のグリーンピース。
「チェルノブイリの3-4倍のとんでもない量の汚染だが日本政府は市民を避難させない。ソ連でさえした。まるで別の惑星に来たようだ。」
http://t.co/PfFB8Eh

惑星といえば、ピエール・ブール原作の『猿の惑星』はハリウッド映画化されて、それも次々に続編がつくられた。
アタッタのだ。
いまハヤカワ・ノヴェルズで読める翻訳のあとがきによると、原著はPierre Boulle:La planete des singes,Ed. Julliard,1963.となっている。

ブールは1912年アヴィニョン生まれのフランス人。
理学博士であり電気技師でもあって、マレーシアでゴムのプランテーションにかかわり、第二次大戦中は自由フランス軍に加わりインドシナや中国各地を転戦したが、日本軍の捕虜となった。
イギリス軍の援助で脱走、抗戦をつづけ、戦後はパリに戻り文筆を主とした。
1994年死去。
代表作は『猿の惑星』と『戦場にかける橋』である。

その履歴に照らしてみれば、「猿の惑星」という発想のヒントは日本軍の捕囚となった経験であることが了解できる。
猿が馬に乗って、三八式鉄砲をもってやってくる、というわけだ。
チンパンジーも、オランウータンも、ゴリラもいる。
もちろん、会話が成立する理性的なチンパンジーで、最後は脱走を助ける者もいる。

「猿の惑星」の一場面
「猿の惑星」の一場面

今回の「事象」に照らして世界的な視座からみれば、原発を多少いじることはできても制御できず、事故に対する認識も欠落し、その対処もできない、猿たちが列島惑星にひしめいている、ということになろう。
ことはそれだけに終らずに、その列島から膨大な量の放射性物質を、空中に、海水に拡散させて、なおつづけているわけだから、現行犯猿なのだ。
よく野放しされているものだ。

この猿の頭目は、通常は官僚と言い慣わされている高級国家公務員ゴリラたちだ。
彼らはほとんど終身ゴリラである。
つまり失職しない。
選挙でまがりなりにも民意を体して浮沈のある政治家たちとは決定的に異なる。
その政治家たちが、専門知と情報、実質権力をもったゴリラを統御することはまず不可能だ。
ゴリラたちは、自分の都合のよいように情報を操作し、隠蔽する術に長(た)けている。

ここにおいて、日本の民主主義とは、変わりばえのしない政治家を低い投票率で選ぶ名目上の民主主義にすぎず、実際は中国などとかわらない、マンダリン(高級国家官僚)統治であることが判明する。
マンダリンが責任を問われることはめったにない。
原発事故の最終的な責任は、実は彼らにあるのに、である。

何度も言うが、カンリョー・ゴリラやトーデン・オランウータンたちは、江戸時代なら即縛に就き、獄門、さらし首である。
責任不在の、この一点において、現代日本の政治システムは決定的に誤っている。
責を問われるべきだ。

ただちに裁判にかけられるべきだ。
7万人が家や農地、仕事を奪われてさまよい、自殺者がつづき、何十万人が命と遺伝子を傷つけられ、次世代以降まで影響をおよぼしつつあるのに、彼らが老後をまっとうすることなど、あってはならないのだ。
不正義どころか、犯罪である。
犯罪が放置されるとすれば、放置した者の責も免れない。

そうして、政治システムにおいて、この列島に「民主主義」が存在するとすれば、結局はすべてを握る高級国家公務員が、選挙の洗礼をうけ、失職させられるシステムが確立し、ゴリラやオランウータンを一掃してからの話なのである。