Archive for 12月, 2009

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地図の本 その2

以下は今年の「私の3冊」。『東京新聞』2009年12月27日の「2009年 私の3冊」に掲載されたものの元文です。

詩人の茨木のり子が、「刷られたばかりの新刊本が/手の切れそうな鋭さで軒なみ並び/出版業の高血圧にたじたじとなる」と歌ったのは40年以上も昔(「本の街にて」)。時代は大きく転じた。
ある著名な書店人はかつて、本の購買動機はa実用、b見栄、c宗教にある、と喝破したが、今やbは壊滅、a、cもネットに追い込まれた。しかしネットでも書籍でも、「これこそ求めていた」といったものに遭遇することは稀である。

私にとっての今年の3冊は、
①『地図でみる西日本の古代』(島方洸一ほか編・平凡社)
②『東京の道事典』(吉田之彦ほか編・東京堂出版)
③『ベーシックアトラス 中国地図帳』(平凡社)。

①は旧版5万分の1地形図の上に古代官道と条里制を推定記入した大判の歴史地図帳。脇付に「日本大学文理学部叢書」とあり、学術書籍として出版されたようだが、古代のみならず日本史に興味ある一般人の参照すべきもっとも基本的な書籍。カラー印刷であるのもうれしい。「東日本編」が俟たれる所以である。
②は、東京を調べる向きには必須アイテム。一般に「地名辞典」は現旧の「居住地名」あるいは「行政地名」に終始していて自然地名には疎。まして道路は顧みられることがほとんどなかった。しかし「道路」は都市の基本である。著者は多数にわたるが、基本的に道を踏破して執筆している。
これこそ求めていたものだが、、項目遺漏もみえるし、文章にも不審や未熟がかいま見られる。ところどころ挿入されている名所図会の類の図版や写真はむしろ不要である。改版をのぞみたいところだが、「実用」から言えばこうしたものはネット上に公開され、アクティヴに加除訂正されていくのが「理想」である。
③地図出版で定評のある平凡社の1冊。来年は上海万博の年。中国ものも出版ネタであるが、これは2008年7月初版。写真や余分な解説が一切なく、十分な索引(日本音と中国音の両引)を備えてハンディであることに好感がもてる。地域別の地図縮尺が統一されていれば、との思いもあるが、利用者の贅沢な思いであろう。
しかし、総じて紙の出版物がwikipediaのベース役に甘んじないためには、それ自体がモノとしての完成度をもつ必要があることをあらためて確認した1年であった。

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地図の本 その1

年末になると、新聞や雑誌で「今年の3冊」と銘打ったページが目につくようになります。
人はそれを読んで、興味のわかない方面は度外視しつつわかる範囲で、こんな本もあったのかとか、これは読んだな、といった反応をするわけですがさて、今年はどんなモノが登場するか………。
 なにせ世界中が不況で底の見えない不安を抱えるなか、出版のそれは突出して根深く前年割れを繰り返しながら部数が出ない分を出版点数で数字維持しようとするのはここ数年つづけられてきた「努力」でした。ために、納本制度によっている国立国会図書館の倉庫があと3年もたないと悲鳴をあげているという噂がまことしやかに蔓延するまでになって、今年の3冊といっても「もういいよ」ということになりかねない。
 若い人は本を読まない、とはよく言われるけれども、読書好き人口数にそれほどの変動があったわけではないのです。本を買わないわけでもなく、その証拠に古書やブックオフ、そしてアマゾンあたりは結構繁盛している。つまり垂れ流しの、中身の薄い新刊書は定価で買う魅力に欠けるということなのでしょう。とくに注目されるのは、本を身近に置いておく、あるいは持っているという習慣が、若い人々にはもうないように見受けられる点です。
 これは本に限ったことではなく、新しいモノに対する欲望が、旧世代とは隔絶するように希薄になっている。いやむしろこの(安)モノ溢れの時代にまともな感性をもつほどの人間であれば、それへの欲望を掻き立てられる愚かさにとうに気付いているというだけのことなのかも知れません。
 
気候も含めて、時代はまさしく大転換期。いつまでも「モノづくり」「モノうり」の旧モデルを追求している時代ではないのでしょう。モノでなければ「金融」というわけでもない。こちらはダーティあるいはバブル(球乗り)を覚悟で「踊りを踊る」基本資力と体力が必要なのだと思われます。
『経済は感情で動く』(紀伊國屋書店2008年4月初版)という本がありますが、実は「政治」の根底にも感情があり、とくにこの国の場合は背後の「空気」の支配力が強い。それならばむしろその感情の根源にまで立ち至って「産業」の基軸に据えるのがこの転換期になすべき業なのです。
 さて、某新聞の要請により、間もなく締切の「今年の3冊」原稿を抱えています。年末掲載の予定ですが、マスプロダクツ、マスセールの世界で言えば間違いなく今年の1冊は「1Qナントカ」(この本は2冊1セットでした)でしょうが、私がそれを取り上げる必要はもちろんないのです。
 書店業界でリーダー的な立場にある方の説に、本の購入動機は①実用、②見栄、③宗教にある、と言っておられましたが、(実際は「はやり」が入る)今日②は壊滅状態。③はむしろ「エコ」を含めた転換期における文明論的なものだと承っておいて、当方はむしろ、「本当の実用に供し得る本」をこそ探し、あるいは供すべきなのだろうと思っています。
時間つぶしも実用でしょうが、また流行や話題に遅れないこともそうかも知れませんが、転換期における「実用」とは、ある意味で予言なのです。無意識にでも、時間的なパースペクティヴを思考の基底にもたないかぎり、実用書は成立しないのです。