Archive for 11月, 2012

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12月2日・講演会

先週土曜日の11月24日は、古巣の早稲田奉仕園で、午前10時から昼食をはさんで午後3時半過ぎまで、
OB・OGを中心とした小さな講演会(「崖と坂の原風景」)とウォーク・ツアーをおこないましたが、
遠路南アルプス市からもご参加の方がいらっしゃったのは恐縮でした。
ウォーク・ツアーは、早稲田周辺と神楽坂から飯田橋、そして駿河台から神保町まで、約15000歩。
傘寿を過ぎた方も完歩され、快晴とはいえないものの天候もおちついていて、まずますの結果でした。

来月、といっても4日後の12月2日日曜日には、文京区民センターでまた講演と、「坂巡り」。
こんどは「坂学会」の「平成24年 坂まつり」の催しで、13時開始。
講演は「文京区民センター」で、13時から14時半までの予定。
こちらは60人の会場ですから、より多くの方々にご参加いただけます。
詳しくは
「坂学会」http://www.sakagakkai.org/ 
ないし
http://www.sakagakkai.org/seminar/leafleHa24.pdf
をご参照ください。

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「国策」は「利権」の謂い 

原発稼働は「国策」だという。

「国策」というからには、パブリックな意思決定があるはずであるが、それが何であるかは誰も知らない。
どこで、誰が、どのような理由によって、「国策」と決めたのか。
国会という機関があるが、それは関与しない。
「国策」と言うならば、全国民の直接意思を問うべきである。

ただ、「国策」だからという。
そうして、最近はその裏の意図が露骨に語られるようになってきた。

すなわち、「国防」のための「抑止力」だという。
つまり、いつでも原爆ぐらいつくれるのだ、ということを示威しているのだという。

これでは、旧軍部の亡霊がそのまま生き残って機能していることと変わりはない。
誰が、そんなことを認めたのか。
自爆基地、あるいは恰好の国土破壊目標を54基も全国にばらまいて、抑止力もなにもあるものではない。

「国策」というのは、実質霞が関の一部官僚が決めているのである。
そうして、「国策」の結果について、「国」は責任をもたない。
一企業の責任だという。

「国策」である所以の「流出金」にたかる天下り機関や企業やら学会、ジャーナリズムが「国家」を牛耳る、日本列島の奇怪な「シロアリ国家構造」は、2012年3月11日以降、満天下全世界にあきらかとなった。
「国策」は「利権」の美称であり、仮面である。

「亡国」というのは、まさにこのようなことを言うのだ。
記憶力と理解力そして判断力の複合、つまりは「うわべの要領の良さ」だけで、一生涯自分とその家族が身分保障される官僚機構が、シロアリの巣そのものである。

「国策」は、「投票」で決定すべきものである。