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杞 憂

数年以上前から、9月も半ばを過ぎるときまって体調がくずれ、咽喉の痛みと微熱に悩まされてきた。
けれども今年は少し様相が異なる。
3月半ばから鼻の奥に異物感があって、オカしいと思っていたら咽喉に来て、9月には咳となった。
今、朝夕がつらい。
喘息とはこういうことを言うのか、と思わされる。

ちょっとの寒さがひびくので、外出には毛糸のキャップとマスク、マフラーが必需品となった。
いろいろ探して、ネットで肩蒲団なるものを見つけた。
不格好だが、家では昼間も着けている。
手首、足首も何か巻くものが欲しい。

医者に行ったらレントゲンを撮られて、専門医に紹介されたが、専門医もとくに異常は見出せないという。
アレルギーの薬を処方された。
しかし、薬は一向に効かず、現実に、とりわけ朝夕は苦しい。

あきらかに体の免疫力が低下している。
内外の被曝の影響は、個人によって千差万別である。
東電原発立地エリアでなくとも、東日本に住まいしている以上、何人もその発症の可能性について、一笑に付すことはできない。

還暦も過ぎたほどの人間は、多少の被曝は仕様がない、問題は子どもたちだ、というのは「正論」である。
しかし、「被曝する」ということは、身体的にも精神的にも「苦しむ」ことにほかならない、というのは、この喘息でよくわかった。
だから、むしろ「正論」は、何人といえども、できるだけ被曝を避けるに越したことはない、ということになる。

災厄咽喉元を過ぎ、「冷温停止」などという言葉になんとなく日常に返ってしまった「東京」だが、「最悪の事態」の可能性はまったくそのままである。
「保安院」も、最近こっそりシミュレート発表した「4号機の倒壊」の可能性である。
使用済核燃料1535本が、原子炉建屋の5階にプールの水に浸けられて、四六時中熱交換器で「冷却」されているけれど、この建屋自体が傾いている。
いま、世界中の「専門家」がもっとも注視しているのはこの4号機で、なんらかの「事象」が発生すれば、首都圏などひとたまりもない。

日本の大本営は「勝利」や「神風」、「転進」などという幻影をふりまいた挙句、都市部の徹底空爆・原爆攻撃をゆるし、最後には降伏するほかなかった。
今回もまた同じく、危機がまったく過ぎ去ってはいないのに、「復興」幻想をふりまきつつある。
現実に存在する危機の可能性を「杞憂」とは言わない。
それを無視したり、軽視したりするのでなく、正面から受けとめ、説明し、対処するのが「おとな」だろう。
聞きたくない、見たくない「現実」に耳目を逸らさないのも「おとな」だろう。
「日本人」は、子どもばかりか?

3 Responses to “杞 憂”

  1. 木村on 01 11月 2011 at 15:23:31

    その症状は喘息ではないと思いますが、木村は5年来正しい喘息で月1で市ヶ谷の「日本呼吸ケアクリニック」という専門医に通院しています。木村の場合は喫煙歴からして因果関係を納得しています。11月は8日㈫が通院日です。
    最近喫煙歴から生じる様々な肺周辺の症状をCOPDと一括認知して世界の死因の第4位とかに位置付けて、呼吸器系学科の最先端分野になっているようです。同級生の息子で、順大でこれをやっているのがいます。必要なら紹介します。
    こういった問題、喫煙と呼吸器疾患、さらに受動喫煙の影響等の議論を振り返って今の放射能の言説を見聞きしていると、断定的にこうだといえることはきわめて少ないような気がします。たとえばここで芳賀さんの言及している“子供の方が過敏、耐性も劣る”というような主張はもっともらしく、実際子を持つ実母が“私はいいが、子供の安全は守りたい”等と真剣に叫んでいるのには1歳の孫を得た爺さんにも容易に感情移入できるが、“子供は健全な細胞の分裂がより速いので抵抗力は強い、だから子供は癌にならない”とほぼ実証されている甲状腺集積の事例や特殊な小児がんの知見は踏まえて反論されると、ごみをついばんでも平気な孫を見ても、そうだなと思うし、……
    木村は、「右であれ左であれ、わが世代」(李?)の責任だから子や孫に累を及ぼすべからず、で、そうすると結局復興債の償還期限は何年にすべきか、というような矮小な政策論に堕してしまうのが悲しいのですが、……
    しかし、生身の人間としては、見えない放射能とやらより茹でるとポストハーベスト農薬の臭いがわいてくる中国産のネギや、栃木の汚染落ち葉でなくインドネシアの発酵不十分で安全な(その証拠に固有種の卵が生きている! ニッポンクワガタなんかすぐ淘汰されるだろう)腐葉土で育てた有機野菜の方がずっと怖いと思いますよ、本当に。千葉産の野菜はどう考えても放射能より農薬測定して買う方が長生きできる?!
    そして、禅道場にいる立場からは、色即是空的にすべてを受容し、放射線も受け入れて適応すべし、という‘達観’も、もちろん犯罪者を免罪する口実としてでなく、ある程度許容できる危険な心情にもあるのが不愉快です。

  2. 木村on 01 11月 2011 at 16:28:16

    先の投稿の1行目、「日本呼吸クリニック」の正しい名称は「日本医科大学呼吸ケアクリニック」でした。これは断定的に“正しい”訂正です。今の放射能論議は、正しく非科学的な条件と枠組みで提示された数値を巡って、科学的でなく、文化的に反応しているようです。受動喫煙一服で嘘でなく寝込んでしまう感性があるように、
    福島産のコメが売れない、というより主体的にいうと買わないのが理解できるとすれば、それは対で言われている安全・安心が別物だということです。福島米は安全な測定結果が出ているにもかかわらず安心な食品とは認められないということです。
    これは、汚れと穢れの対のような関係で、何をしても、どんなに除染してもフクシマと表示される福島のケガレは消えないという感じ方ですね。
    以前、差別論を巡って、なだいなだが誰かのおしっこを入れたビーカーをきれいにアルコール洗浄してビールを注げば医学生なら飲めるか、というような提起をしていたのを思い出しました。
    さらに、やはり差別論にも関することですが、この差別と偏見の兼ね合いもフクシマ論、福島米論には深くかかわってくると思えます。
    さらに、さらに問題の発端となった原発については科学と技術の理解あるいは定義をきちんとしておかなければ混乱します。最近『UP』誌上で「科学技術」か「科学・技術」かという趣旨の記事がありました。

    揚げ足を取られないように主張と批判を推進してください。

  3. collegioon 01 11月 2011 at 23:58:24

    コメントありがとうございます。
    貴兄が喘息だったとは存じませんでした。
    どうかご自愛ください。

    私も多少の喫煙歴がありますが、その影響もないわけではないのかなと思っています。
    なにせ眠気覚ましに立て続けでしたから。

    今月も症状が続行していたら、然るべきところで検査してもらわなければいけないでしょうね。
    その折はまたご相談します。

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