これまでは、風や死(不在)にまつわる英詩を素材としましたが、今度は日本の昔話です。
出典は『少年少女世界文学全集』(45、日本編第1巻、1965年、講談社)のなかの「日本民話」(浜田廣介)。いま50~60歳の人々にはなつかしい書名でしょうが、そのうちの一話(pp.211-217)。

「むかしむかし、阿波の国の海ばたに大きな町がありました。町から見えるおきあいに小さな島がありました。
だれが見たのわかりませんが、空から見ると、島の形が、おかめの面に似ていました。それで世間の人たちは、小さな島を「おかめ島」とよんでいました。島のまわりを歩いても、一里ともない小さな島でありましたが、島人たちは力をあわせて漁にでて、いつもたくさんの海のさかなをとりました。さかなを大きな町に運んで金にかえ、ものにかえして、島人たちは、ゆたかなくらしをしていました。
その島に、ある日、ひとりのぼうさんが、わらじをはいてわたってきました。・・・」

そこから先のあらすじは、―――坊さんは7日後に、鎮守の社の狛犬の目が赤く染まったら、その日の夕方には島は海にしずむと、不気味な予言をして島を発っていった。島のかしらは、五十年、百年と代々言伝えを守って、毎朝社にお参りしてきた。あるあらしが吹き荒れた日、6人の男が乗った難破船が島に吹き寄せられた。島人たちの介抱によって元気になった男たちは、島に伝わるいい伝えを聞いた夜、こっそり鎮守の森にでかけ、絵具で狛犬の目を赤く塗った。その男たちは実は海賊だった。翌朝狛犬の目が赤いのを見た島のかしらは、驚いて危急を告げ、島人は夕方までに一人残らず船に乗って島を引き揚げた。たくらみがうまくいった海賊たちは酒盛りをはじめたが、そのうち海鳴りがとどろき、島は海賊たちもろとも海にのみこまれてしずんでいった―――という因果応報・勧善懲悪話です.

しかし、ここで肝心なところは、「誰が見たのかわかりませんが、空から見ると、島の形が、おかめの面に似ていました」という冒頭の部分です。
この出だしからして、むかしばなしは聴く人を「不思議」、つまり人知を超えた神秘性に引き込んでいくのです。なぜならば、飛行機も、まして人工衛星など、考えることもできなかった時代、自分たちの住んでいる地域の「かたち」を知る術(すべ)は、想像でなければ神のわざだったからです。
そのままでは見えないもの――自らの姿、を映し、それをわが目で見ることのできる道具である「鏡」は、ヨーロッパにおいても魔力をもつとされ、日本ではいまでも神社の「御神体」なのでした。しかしながら、自分たちの住む「場所のかたち」をそのままに見てとるのは、望遠「鏡」をもってしても不可能なことだったのです。

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