今日渡邊白泉50年目の祥月命日「白泉忌」なればご近所アトリエparterreを煩はせたる生花一対を手に、午前多磨霊園24区1種20側の渡邊家墓所に赴く。
季節異(い)なればところの相また異なりて、このさき2度ほど訪ひしかど上記「番地」なければ迷ひしこと必定ならむ。

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1940年(昭和15)5月白泉「京大俳句第二次検挙」に連座し京都府警に連行さる。
その2月(ふたつき)前第一子出生するも桃の節句に早世せり。
掲句その折の至成にて、中七茫然両手凝視、断続す4つのO(オー)音、悲哀の深部に谺(こだま)す。
この歳渡邊威徳(白泉)その生最大の断層たり。

以下、墓誌を認む。

顕照院徳脱日芳居士昭和二十年二月六日徳男六十八歳
顕達院法威日徳居士昭和四十四年一月三十日威徳五十六歳
妙容孩(?)女昭和十五年三月三日太都子当歳
光顕院法雪日透居士昭和四十八年三月二十日透二十三歳
麗山院温良日精居士昭和十八年二月三日文造五十一歳
渡邊敏子平成十四年十一月二十七日九十八歳
(以上、向ひて左側面)
昭顕院妙威日千大姉平成十五年六月二十四日千江子八十五歳
(以上、向ひて右側面)

以下、腰折四句。

1 かうかうとかはしそらきゆとりのしろ
2 石炭や石油から核ヒト穴に
3 縄文や森の神話の霧霞
4 下げ花や五十年目の白泉忌

自解
1下五の「しろ」白き鳥とそれ吐く息の白さらに白泉の白を重ね、
2下五「鳥雲に」のもじりにてサピエンスの終末、
3下五は異季語を並列し昨今流行「縄文」の危ふさを言ひ、
4上五手に下げ来たる生花と枯れきったる供花「下げ花」どころに棄てしことの重意なり。
この日墓参したるは吾のみや否や、知らず。

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