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地図と権力 その3

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J・B・ハーリーの「地図と知識、そして権力」全15節(序節、第1節・理論的パースペクティブ、第2節・地図の政治的コンテクスト、第3節・地図と帝国、第4節・地図と国民国家、第5節・地図と私有財産権、第6節・権力の行使における地図内容、第7節・意識下の幾何学、第8節・地図における沈黙、第9節・表象のヒエラルキー、第10節・権力の地図学的シンボリズム、第11節・絵画における地図、第12節・地図装飾のイデオロギー、第13節・象徴としての地図的「事実」、結論・地図学の陳述内容とイデオロギー)のうち、いくつかにはエピグラフが添えられている。

序節冒頭は、クリストファー・マーローの『タンバレイン』第2部から

地図をかせ、あとどのぐらいのこっておるのか見たいのでな、
全世界を平定すrのにはじゃよ、・・・・・
ここからじゃよ、わしがペルシアに向けて進撃を開始したのは。
アルメニア、そしてカスピ海へと、
そしてそこからビチュニアへ、そこでわしはぶんどったのじゃよ
トルコとそこの畏き女帝どのの囚われ人たちをじゃ。
そののちわしはエジプトへ、そしてアラビアへと進撃した、
そして、ここはじゃ、アレクサンドリアから遠からぬところでな、
本土と紅海との出合いが、
百リーグにもならぬ距離じゃから、
わしは両地を結ぶ水路を切り開くつもりじゃった
家来どもがインドへ向けて速やかに航海できるようにと思ってじゃよ。
そこから、ボルノ湖の近くのヌビアへ、
引き続きエチオピア海に沿って進み、
南回帰線も越えた、
わしはザンジバルに達するまでのすべてを平定したのじゃよ。

第2節の頭には、プーシキンの『ボリス・ゴドノフ』から

皇帝
 息子よ、何をそんなに熱中しているのだ。これは何だ。
フョードル
 モスクワ大公国の地図ですよ。僕らの王国が
 まるごとわかりますよ。見てください、父上、
 ここがモスクワ、
 ここがノヴゴロド、そこがアストラハン。
 そこは海ですよ、
 ここがペルミの原始林、
 そして、そこがシベリアです。
皇帝
 では、これは何だ。
 曲がりくねったものが跡をたどっているのは。
フョードル
 それはボルガ川ですよ。
皇帝
 いや、これは素晴らしい。素晴らしい成果というものだわい。
 学問のなあ。
 これでは、まるで雲の上さながらに、一眼で見下ろせるというものだ。
 我らが国土全体を、境界も、町も、
 川も。

第6節にはF・G・ハットン『グッドモーニング、ダウ先生』が

「それは同じ地図なんですか?」と、ジンシーは尋ねた。彼女は、ダウ先生の後ろにある黒板の上の、この夏のために取りつけて吊るされている大きな世界地図を指さした。「中国はやっぱりオレンジ色なんですか?」「これは新しい地図よ」とダウ先生は答えた。「中国は紫よ」「私は古い地図のほうが好きです」とジンシーは言った。「私は古い世界地図のほうが好き」「地図作りは液体のように変わりやすい芸術なのよ」とダウ先生は言った。

第10節はG・K・チェスタートン「教育の歌 11地理学」から

地球とは、英国のみつかるところ、
いかに地球儀を回そうともそれは見つかる。
そこを示す場所はすべて赤くて、ほかはすべて灰色だから、
それこそが全英祝日の意味なのだ。

以上4エピグラフである。

しかしながら、「地図と権力」の記述にもっとも相応しいエピグラフは、実は日本語の文学作品に求めることができる。

あらたに三重の×印の家を三つ、二重の×を四つぼくはつくった。刑の執行をおえた家には斜線をひいて区別した。物理の法則にのっとってぼくの地図は書きくわえられ、書きなおされ消された。ぼくは広大なとてつもなく獰猛でしかもやさしい精神そのものとして物理のノートにむかいあった。ぼくは完全な精神、ぼくはつくりあげて破壊する者、ぼくは神だった。世界はぼくの手の中にあった。ぼく自身ですらぼくの手の中にあった。

中上健次の「十九歳の地図」(初出『文藝』1973年6月号)の一部である。
主人公は一人暮らしの新聞配達予備校生だが、物語の筋はここでは紹介しない。
短篇でもあり、文庫にもなっている(映画にもなった由)から興味のある向きは読まれるとよい。
しかしながら、人間の地図的認知の「構造」に関して、これほどみごとな、本質に迫った「陳述」(ステイトメント)は、寡聞にして他に知らない。
地図的認知そしてその想像力は、権力というよりもソフィスティケートされた征服的暴力と言っていい。
地図の絶対的な垂下視線は、そのまま爆撃視座にすり替え可能である。

地図は鳥瞰図ではない。
地図に「彼方」は存在しない。
地図は見下ろすところすべて「足下」である。
それは無数の垂直視線によって維持された、架空の視座なのである。

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