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ロダンの首・信長の首

ロダンの首泰山木は花得たり

角川書店創業者角川源義(げんよし)の代表句のひとつである。
泰山木(たいざんぼく)は角川邸が完成した時に、俳壇の先輩や仲間から送られたものという。
初夏、それは頭上に戴くような、大きな白い花を咲かせる。
ロダンの首は源義愛蔵のブロンズ像。
ふたつが揃ったのは南荻窪に新築した角川邸。
今の荻窪三丁目のすぎなみ詩歌館角川庭園である。

それ以前、角川一家は荻窪駅から北の天沼に住まっていた。
そこで長男春樹やその弟の歴彦、姉の真弓(辺見じゅん)の実母冨美子が離縁されたのは1947年。
源義が愛人の照子と再婚するのは1949年。
1947年天沼では惨劇がおこり、源義の実名も新聞記事になった。
照子が、思い余って源義との間にできた男の子を殺してしまったのだ。

源義はひるまない。
妻を照子に替え、冨美子との子どもたちも詐欺まがいの手口で確保する。
社業は隆々、源義は前進する。
首に似たる大輪の花を得たのだ。
しかし源義の淫蕩はとどまらない。
源義と照子の間にできた春樹たちの異母妹真理は自殺。享年18。
源義はその5年後に53歳で病死する。
入院中に皇室からも、なにがしかの見舞いがあったはずである。

春樹が生きる道は、父と眷属とを神話化し、己を権力に係属することにしかなかった。
しかし時に身心の底辺から、激しい反発力が生起する。

向日葵や信長の首切り落とす

春樹のこの句は、弑(しい)すべき魔王としてのオイデプス(父)の輝かしさと重たさ、そして振り向きざまの刃物の光りと音なしの叫びを、同時に刻印したのである。

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