collegio

秋山豊の漱石

前回に引き続き、秋山さん追悼である。
とは言っても、必要に迫られて棚を整理していたら、かつて複写した新聞の書評が出て来たという偶然があったためだ。
しかし、こうした偶然らしからぬ、暗示的な「出現」は、ひとのよく経験するところかも知れない。
だから、取り上げられた本は他社のものだが、敢えてここに掲げておく。
小社刊『石や叫ばん』の書評はこちらである。

棺を覆いて事定まる、という。
日本の戦後出版界における、秋山氏の仕事の意義は、いくら強調しても強調しすぎることはないと思われる。

img695_edited-1.jpg

One Response to “秋山豊の漱石”

  1. 木村on 04 2月 2015 at 15:52:58

    慟哭の追悼か、啜り泣きのお悔やみかという文章にケチを付けるのは恐縮に堪えませんが、私も似た体験、それこそ「偶然らしからぬ、暗示的な『出現』」をしたので、公開ブログに失礼とは承知で「他者のことだが、敢えてここに」コメントさせていただきます。

    まず、ぶっきらぼうに、

    1.「棺の蓋を覆いて事定まる」は「棺を覆いて事定まる」、「蓋を」はトルツメです。確かに木の棺の蓋に布を覆いかぶせますし、「湯をわかす」「風呂が沸く」が違和感なく、「ベッドにベッドカバーを覆う」が何とか成り立つのに比すれば、あえて異を唱えるほどのことでもないかもしれませんが、前回の文には正しく、「棺を覆う直前、酒飲み友達何人かで、一升瓶の酒を少しずつ遺体の周りに注いだ」とあるのだし、前共闘でも故事成語の規範には造反無理と思い、一応指摘させていただきました。

    2.そして本題。実は、「注」目したのは上記引用部の末尾「注いだ」です。これがツイダのかソソイダのかということです。実は、私自身、つい先日春日部の叔父の葬儀に参列して両者を目撃したのです。酒飲みの叔父でしたから、棺内にはワンカップ何々?が置かれ、参列者が粛々と三々九度(←比喩が不謹慎?)よろしくツギ足したのですが、最後にきょうだいで一人遺った叔母が感極まって「兄さん、もういくらでも呑みな!」と残余一切遺体にソソイデしまったのです。まあ、酒は可燃ゴミとして火葬場も許容してくれましたが、時節柄、故人のこよなく嗜んだセブンスターなる有害物はどうなったか、見逃しました。

    3.最後は、余計な付け足し、電話のおしゃべり程度の話。人間は他者をどのように記憶にとどめるか、ということに関して木村紀子という人間が平凡社新書『日本語の深層』でカオ・ツラ・オモについて蘊蓄披露するついでに『万葉集』の冒頭「名、告らさね」の歌を引いて顔で覚えるか、名前で覚えるか、犬なら臭いで覚えるかというようなことを記していました。で、先日お宅に電話差し上げたとき「ハイ、コレジオデス」の一声がおつれあいの声であることがすぐわかりました。考えてみると、芳賀さんの同伴者にはあったことが無いのですが、10年ぶりでも間違いなくわかりました。もちろん電話に出る人の可能性は限定されていることは差し引かねばいけませんが、こういう能力、SNS等で交通している世代にも遺伝しているのでしょうか。我々―と安易に連帯しますが―は、確かに電話先の相手が受話器を握って頭を下げている様子が耳で見えるのですが、チカゴロノワカモノはそういう光景を思い描くことすらできないのかもしれませんね(慨嘆)。

Comments RSS

Leave a Reply