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「渚にて」

 1960年に満60歳で亡くなったイングランド出身でオーストリア在住の作家ネビル・シュートの、1957年に刊行された小説をもとにした映画『渚にて』は、その死の前年に公開され、作家の名を一躍世界に知らしめました。
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 監督は『ニュールンベルグ裁判』や『手錠のままの脱獄』を手掛け、社会派として知られたスタンリー・クレイマー。主演者にはグレゴリー・ペック、エヴァ・ガードナー、フレッド・アステアなどを配し、1960年の興行成績8位にランク、第32回アカデミー賞にノミネートされるなどして成功をおさめたのでしたが、核戦争による世界滅亡をテーマとしたこの話は、2000年にリメイクされ、アメリカとオーストラリアの合作によるテレビ映画『エンド・オブ・ザ・ワールド』として再登場しました。
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 この2つの作品は邦題こそ別だけれど、映像作品のオリジナルタイトルはいずれも小説と同じOn The Beach。異なるのは、かつては冷戦、今回は米中戦争がきっかけ、という点。
 後者を21世紀版とすると、20世紀版はいかにもそれらしくモノクロ画面。アメリカの原子力潜水艦スコーピオンが、メルボルンに向けて浮上航行しているオープニングのこの映画は、戦争シーンはないものの、核攻撃の相互多発連鎖の結果、放射能汚染で北半球はすでに滅亡、南半球にも「死の灰」がひろがりつつある、という設定でした。
 
 しかしその人体への影響はあたかもコレラによるパンデミックのごとくで、真面目で感動的な作品ではあるけれども、「チェルノブイリ」を経て、「フクシマ」を現実に経験しつつある今日の私たちの目から見れば、ちょっと違うな、という感は否めない。

 放射性物質の飛散と、放射線の内外被曝による「世界の終り」は、たしかに、私たちの身体に「ただちに」あらわれるわけではない。チェルノブイリの例をみても、「結局なにもなかったじゃないか」と高をくくれるのは最初の3、4年。その間は免疫が低下し、とくに目、鼻、咽喉などの粘膜系の不調や風邪の症状、心筋梗塞などの突然死が主体だから原因は特定できない。

 晩発性放射線障害には数年以上の潜伏期間がある。甲状腺がんや白血病があきらかとなり、突然死の原因についてもその影響を否定できなくなるのは、数年から10年以上後の話。しかも、その巨大な全容が正体をあらわすのは「統計数値」としてなのでした。

 さらに言えば、当初の破壊力と殺傷力は莫大だけれども「キログラム」単位の核爆弾による放射性物質拡散と、事故前後の風景は変らないものの3桁におよぶ「トン」単位の核発電プラントおよび使用済核燃料プールの損傷による広範かつ深甚な影響とでは、結果の様相はまた別次元のものでした。

 ところで、カントリーミュージックのゆったりとしたメロディにのせて、60年代のはじめ、甘い歌声で
Why does the sun go on shining?
Why does the sea rush to shore?
と歌ったのはスキータ・デイビス(Skeeter Davis)でした。その歌の邦題は「世界の果てまで」。しかし原題はよく知られているようにThe end of the world。このLPのリリースは1962年ですから、上記2行目の歌詞をみても、この歌はあきらかにスタンリー・クレイマーのヒット作に影響を受けてつくられたと考えていいのです。

 しかし世界は、多くの場合、そう簡単には終わらない。スキータが歌うように、太陽は今日も照るし、海の波も、日本においてはほとんどが人工海岸となってしまったけれど、何事もなかったようにコンクリート護岸に打ち寄せる。「白昼の闇」はむしろ漆絵のように、風景の背後に黒く貼り付いている。

 (以上は、「地図の汀」(『地図中心』誌5月号連載「江戸東京水際遡行」第22回)の冒頭部分)

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