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江戸の崖 東京の崖 その24

[大晦日の断崖]
古来、大晦日の夜は怪異や異界が出現するのでした。
江戸・東京でよく知られた話には「王子装束榎(えのき)大晦日の狐火」がありました。
多摩地域の川に関して言えば、東京都瑞穂町(みずほまち)の駒形富士付近を水源とし、埼玉県入間市、狭山市を経て、川越市の岸町で新河岸川に合流する、不老川(としとらずがわ)の名の由来も大晦日にあって、きまって大晦日の晩に水が涸れるというのです。
これは武蔵野の逃げ水現象の伝説化ですが、崖にまつわる大晦日怪異譚としては、ヨーロッパはアイスランドの「トゥンガの崖」が際立っています。
その断崖は大晦日の真夜中、一部が教会の扉のように口を開け、その中でキャンドルが何列も連なり、すばらしい歌が響き、たくさんの妖精たちがミサをするという。
委細省略して結論だけ言えば、それを見た人は死んでしまうのです。
キリスト教信仰の下に埋もれたケルト的古層が露出する見事なお話で、一読をお勧めします(菅原邦城訳『アイスランドの昔話』1979年)。
アイスランドはノルウェーやアイルランドのケルト人たちの殖民島で、世界最古の民主議会や、ヨーロッパ人最初の「アメリカ発見」を誇る歴史がありますが、その後ノルウェーやデンマーク王国の支配を受け、キリスト教信仰を強制されたのでした。
この「昔話」には、かつて生身のいきものを寄せ付けぬ厳しい姿で直立する崖が保持していた「異界の魔力」が、世界宗教という「政治性」によって駆逐され、ただのキリギシもしくは宗教の僕(しもべ)としてそれを飾るものに転相する過程が屈折、凝縮されているのです。
崖が妖精もしくは精霊、鬼神といった異界の者の拠るところであったのは、洋の東西を問いません。
付け加えるならば、世界中の子どもたちに圧倒的な人気を誇るノルウェーの絵本『三びきのやぎのがらがらどん』のトロルは谷川に渡した吊り橋の下にいるのですが、つまりは崖に顕現する魔性の裔(すえ)でした。

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