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江戸の崖 東京の崖 その15

タイトルの一部に「崖」の字がある書物、あるいはトリックや舞台設定の一部として崖を用いた本は少なくないものの、中身が「崖」そのもの、というのはほとんど類書がありません。
『花』(宇野千代編)にはじまり、100冊目の『命』(野間宏編)で1期を終えた「日本の名随筆」(作品社)は、戦後の日本出版史上まれにみる成功シリーズのひとつと思われますが、その100冊ほとんどみな一字のタイトルだけれど(例外『万葉』1・2・3、中西進編)、「崖」というのは見あたらない。ちなみにこのシリーズは「別巻」という名の第二期があって、こちらも100冊。ただし今度はそのタイトルが2字で、例えば94冊目は『江戸』(田中優子編)、最終巻を『聖書』(田川建三編)で完結しています。
実際に「編者」がどのような役割を果たしたかはケースバイケースとして、これだけのものをつくりあげる「裏方」の作業は、大変だったというより、大変楽しかったでしょうね。
ところで、国語辞典に「崖」という項目があるのはあたりまえですが、平凡社や小学館、そしてブリタニカといった日本語で書かれた代表的な百科事典(エンサイクロペディア)をめくってみると、「かけ(賭け)」や「かげ(影)」をみつけることはできても、「がけ(崖)」という項目は存在しないのです(さすがにインターネット百科辞典wikipediaにはありました)。
「崖」と同じく「坂」も、「日本の名随筆」や「百科事典」には出てこない。しかし、「坂」そのものにまつわる出版物は、実は結構多いのです。もちろん個々の坂について言い伝えや伝説は数知れず、「無縁坂」(さだまさし)を筆頭に、流行歌で「坂」をうたったものもまた、即座にいくつか挙げられる。
坂は無言ながら、人を惹きつけ、立ち止まらせあるいは振り返らせる不思議な力をもつ。坂ファンないし坂フェチを生む所以(ゆえん)ですが、坂の場合は「歩く」を基本とした健康的な面が主体なので、さすがにフェチから先のフィリアまでは進行しないようで。それに較べて崖は、惹きつけられた人があるとすると、これはちょっとアブない。むしろ崖フォビア(恐怖症)のほうがまともにみえる。この本の著者は、どうも崖嗜好症(クリフィリア)という病気になりかかっていて、さらにそれを他人に伝染(うつ)したい魂胆、ご用心召され。

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