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江戸の崖 東京の崖 その3

千葉県は船橋市のMという地名だったが、津田沼駅から多少下がり気味の道を結構歩いてたどり着くそこのお宅の東側は急斜面で、地図でみると「緑の帯」。
下総台地の一部が小河谷によって開析されたところだろうが、崖ぎわの東向きの庭は丹精こめたお花畑。ただしそこは垂直なコンクリートの壁を立てて土を充填し、無理やり拡げた庭だった。

ある日のこと、庭で飼われていた柴犬(雑種)が下に落ちて、腰を抜かしてしまったと。歩道に這いつくばった状態になっていたのを、近所の人が知らせてくれたらしい。
それでも幾日かすると歩けるようになったが、もうすっかり老犬のお運び状態。がしかし、一瞬シャンとなるのは、牝犬と出逢ったときなのだそうだ。尻尾がちゃんと立つ、というのは話し手の脚色だったかも知れないが、崖と犬というとり合せでいつも想い出すことではある。
犬が落ちたのは、フェンスに穴でもあったのか、耄碌したからなのかは聞きそこなったが、落っこちたのが犬だけだったのは幸いなことで、これが地震で庭半分が崩落したとか、家の土台の一部が宙ぶらりんになった、というのでなくてよかったのだった。

余談ついでに、これも昔聞いたエピソードで、Mという高名、高齢な文献学者が養老院で寝たきりになっていたが、若い看護婦さんの声がするとその方に頭が少し向くのだったと。
こういうことは、人も犬も同じであろう。

東京都心の垂直な崖から、犬や猫、人間が落っこちてくる、というのはあまり聞かないことだが、高速道路から何かが降ってくるというのは時々ニュースになる。
そうして、昔はそこを通るのが怖いような薄暗い切通しや崖、坂はいくらでもあって、幽霊坂や暗闇坂という名がついたものだけれど、今日はあかるいのである。たとえばDNP(大日本印刷)城下町の市ヶ谷は長延寺町の切通しのような歩道には、真っ白な石の擁壁が歩く人を圧するように直立して続いているのである。真っ白な崖から、ある日何かがドタリ落ちてこないという保証はない。いやいや、灰色だったり白だったりする壁そのものが、落下物体の第一候補なのだ。

崖からとんだ逸脱話とはなってしまったが、今日はこれくらいで。

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