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デジタル地形図の幻

「省紙化」の果てにあるもの

日本地理学会2009年春季学術大会が、3月28日から帝京大学八王子キャンパスを会場に開催されました。
29日には地理学会理事会主催の「これでよいのか国土の記録!-日本の地形図が変わる-」というシンポジウムがもたれ、国土地理院の担当課長による「基調報告」をもとに、数人の「問題提起」や「コメント」が表明され、またそれらに対するまことに流暢な回答が開陳されたのでした。

シンポジウムが特別設定されたのは2007年8月に施行された「地理空間情報活用推進基本法」によって、「紙地図(地形図)」が供給されなくなる恐れがいよいよ現実化したためでした。

その「法」つまり「国会決議」という「国民の総意」によって、「デジタル時代情報活用の爆発的拡大」に対応するため積極的に基盤地図情報を整備し総じて「軸足をデジタルにシフト」し「修正に時間がかかり」すぐに「古くなる従来の(紙)地図は使えない!」が故に、2万5千分1地形図については当面継続するものの、1万分1および5万分1地形図の修正予算は2009年度からゼロとした、というのです。

地図という実用メディアの世界に露出した、社会の急激な地殻変動を見たように思ったのは当方だけだったでしょうか。
「20年30年先を見据えた、デジタル化社会・情報化社会への対応」という答弁は、新聞や雑誌といった紙媒体ジャーナリズムが次々と「退場」し、「受け」や「垂れ流し」「取材なし」のデジタル情報がニュースとして跋扈する世界的潮流とオーバーラップして実に空虚な言葉に聞こえたのでした。

結論を先に言えば、物的に固定されない「地図」は地図ではありえず、変形自在の「情報」と「画像」に解体されるほかないということです。
電子という、瞬時を走り圧倒的な利便を誇るが故に、不安定きわまりない媒体が「物」を駆逐する様は激烈なものがあります。
例の「年金記録問題」も、元はといえば電子化による紙記録の廃棄に端を発したものでした。
「紙の記録」とは「典拠」もしくは「証拠」の異名です。
原文書をわざわざ廃棄し、「電子」にすべての「証拠」を委ねるとすれば、我々は100年や「20年30年」どころか寸刻前のことですら、自らが拠って立っていた「場所」を根こそぎ失ってしまう時代に移行しつつあると言っていいのです。

先般、都立多摩図書館から地域資料のほとんどが抜かれ、都立中央図書館に移管し、一部は廃棄するという、甚だしい「住民無視」の政策が強行されましたが、目録類がデジタル化されて久しかったが故に、今日ではいったい何が移管され、何が廃棄されつつあるのか、住民がその実態をつかむことは不可能となってしまいました。
ことほど然様に、行政「文書」や「記録」類の電子化=紙文書廃棄は、一般にではなく、まずは特定者にとっての「利便」です。

政治社会の原理から言えば、行政文書類のデジタル化とは、紙記録類の保存と並行させなければ不当為事項にあたるでしょう。
図書館や文書館は行政の書類庫ではなく、本来「事実」と「主権者」の権利の根拠を、形あるモノとして担保するために存在するものです。

話を「地図」に戻せば、人類は長らく地を這い、手探りの作業(測量)を繰り返した揚句、「地図」という上空からの「垂直視線」を手に入れました。
しかし、間もなくそれは空中写真(測量)にとって代わられ、さらにインターネットにより「宇宙からの眼」を当たり前のものとして享受する(Google Earth)時代に到達しました。

このテクノロジーの巨大な進展の成果を「ハイ・イメージ」という言葉で肯定的に評価した向きもあったようですが、どうでしょうか。その結果、豊富な「文書類」や「絵図」を今日に伝える江戸時代にはるかに劣る、広大な無記録の荒野が遺されるとすれば、我々の未来、いや現在ですら決して明るいわけではないと言うほかありません。

(同趣旨は、「図書新聞」第2914号2009年4月18日号5面、「季刊Collegio」第36号等の紙媒体にも掲載)

2 Responses to “デジタル地形図の幻”

  1. ハマちゃんon 21 7月 2009 at 15:26:03

    以前古地図倶楽部でお世話になりました者です。

    私も地理院の地形図がデジタル化し紙地図が無くなる事に危機感を持つ者です。

    昨年9月に地理院のHP上で地元横浜の1/2.5万地形図を閲覧しておりましたら、多くの間違いを発見し早速地理院に連絡しましたら、10日位でその部分が訂正されていました。(紙地図の時代でしたら考えられない早さでした!?良いのか悪いのか?)

    地理院から届いたメールには地図の誤記に関する理由等は、書かれておらず、今後ネット上の地図はたとえ誤記があっても後世に残る事はなく、瞬時にはかなく消えてしまうと思うとぞっとしたものでした。

    その事に関して当時の私が書いたブログのアドレスを送ります。
    参考になりますれば幸いです。
    https://iiiro.jp/blog/hamachan/DispEntryListEachCategory?page=3&searchCategory=119

  2. collegioon 22 7月 2009 at 12:50:00

    コメントありがとうございます。
    そちらのブログでも、「証拠が残らない」ということについて具体的に記述されており、意を強くしました。
    今後ともよろしくお願いします。

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