127年前の訳を見る前に、戦前の訳文を3例紹介しておこう。
まず野尻清彦訳『寶島』(世界大衆文學全集第18巻、1928年)だが、この野尻さんは筆名の大佛次郎のほうが知られていて、また星に関する著作で知られる野尻抱影はその兄、つまり清彦は本名である。その訳は以下の通り。

死人(しびと)の箱の上に十五人ー
よいとまけほ、ラムも一本よ!
酒と悪魔が残りはやっつけたー
よいとまけほ、ラムも一本よ!

地業歌「よいとまけ」に「ほ」を付けたのは、原文「ho-」への考慮かも知れないが、滑稽味が先に立ってしまう。
次は英文学者の平田禿木訳『寶島探検物語』(日本児童文庫74、1930年)、

僅か十五人が死人島へ残った、
 や、こらさ、こらさ、それにラム酒がたった一本。
あとは皆、酒と悪魔にしてやられ、
 や、こらさ、こらさ、それにラム酒がたった一本。

こちらは「やっこらさ」の掛け声をもってき、そこだけが辛うじて「歌」の痕跡を示す。
3番手、こちらも英文学者勝田孝興訳注『寶島』(譯註英文名著全集、第1輯第6巻。1930年)は

僅か十五人「死人箱」に残るー
ヨイコラサノサ、それとラム酒一本よツ!
酒と悪魔が他(ほか)の奴あ殺したー
ヨイコラサノサ、それとラム酒一本よツ!

三例いずれも意訳というより説明訳に近い。

第十章に描かれているように、実はこの歌は出航抜錨の作業歌であって、風力のほかは人力しかなかった時代、大勢の船員が揚錨機(キャプスタン)の梃子に取り付き、最後のho-のところでそれを一斉に押すのである。
つまりアクセントは最後の「ホー」におかれるから、訳においてもその部分は分節独立していなければならない。

以上を念頭に置いた上で、さて1895年1月、『文藝倶樂部』に掲載された宮井安吉訳「新作たから島」である。
タイトルが「新作」を冠しているのは、スティーブンスンの『宝島』が書籍となって一躍彼の文名を高からしめたのは僅か12年前、伝達時間の緩やかであった当時としては「新作」にほかならないからで、また「鬼ヶ島」をはじめとして日本の昔話に「たから島」はおなじみの設定だったからと考えられる。
そして、作者R・L・スティーブンスンが南太平洋サモアの地において44歳で亡くなったのは、その前年1894年12月3日。
訳業はまだ作者存命、ないしその訃報を得たばかりのことだったのだ。なお訳者の宮井安吉は斎藤秀三郎に次ぐ独自の英文法の研究者という評価があるようで、こちらも歴とした英文学者である。その訳文は

死人(しにん)の紙箱(つヽら)の其上(そのうへ)に、
人数(にんず)合(あは)せて十五人(じうごにん)、
ヨホヽ糖酒(ラム)も一本(いつぽん)
爰(こヽ)にある。

のように、見事な七五調である。「紙箱(つヽら)」は通常「葛籠(つづら)」、つまりツヅラフジで編んだ比較的大きな衣装入れのことで、たしかに機能としてはchestに相当する。船員用のそれは通常金具留の木製だと思うが、わざわざ「紙箱」とした理由はよくわからない。
つづらは舌切り雀の昔話でおなじみだが、今の若い人には通じないだろう。しかし当時としては適訳と思われる。
ただし「ヨホヽ」では七五調にならず、アクセントもない。しかも2連目はまったく省略されている。
もっとも冒頭の訳者名に「卯の花菴主人抄譯」と書き、原文が全34章なのにこちらは30章、1章の歌の2連目省略、23章は章ごとスキップされている。
最初期の作品紹介としては抄訳でもよかったのかも知れないが、後世への影響もあることだし、ここは2連目も続けてもらいたかった。例えば

飲んで悪魔の思うつぼ
残りの奴らはあの世行き
ヨーホ、ホー、糖酒(ラム)が一本
ほれ爰(こヽ)に

といった具合。これを生かして手直しすれば

死人の箱のその上は、人数かぞえりゃ十五人
ヨーホ、ホー!、ラム酒一本もう一本
飲んで悪魔の思うつぼ、残りの奴らは
あの世行き
ヨーホ、ホー!、ラム酒一本もう一本

Fifteen men- ではじまる原文の、海賊らしく叩きつけるようなリズムにはとても及ばないが、七五調四拍子は確保できた。
キャプスタンの梃子を押す、最後の「ホー」も分節できた。

歌の命はリズムである。俳句や短歌は言うに及ばず、命ある詩の根源に脈打つのは音のリズムである。
海賊歌翻訳における画竜点睛は、その工夫にあるのではなかろうか。

One Response to “うたことばとリズム –『宝島』 ‘海賊の歌‛ その2”

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