Fifteen men on the dead man’s chest–
Yo-ho-ho-, and a bottle of rum!
Drink and the devil had done for the rest–
Yo-ho-ho-, and a bottle of rum!

児童文学というより世界文学の古典で、近年「古典新訳文庫」の1冊にもなったスティヴンスン『宝島』の翻訳は汗牛充棟数知れずだが、第1章と23章に登場する上掲の「海賊の歌」に限ってみれば、まともな日本語として訳されたためしはないのではなかろうか。

韻文の訳は確かに難しい。
意味が通ればそれでよしとするわけにはいかないからである。

阿部知二訳岩波文庫版『宝島』(1963年初刷、1978年12刷)では、以下の通りである。

亡者の箱まで、這いのぼったる十五人—
 一杯飲もうぞ、ヨー・ホー・ホー!
あとの残りは、悪魔に食われたよ
 一杯飲もうぞ、ヨー・ホー・ホー!

原文の Yo-ho-ho- がそのまま生かされているのは好ましいが、原文の4拍子でズンズンと叩きつけるリズムはまるで消えているのである。
佐々木直次郎・稲沢秀夫訳新潮文庫版『宝島』(1951年発行、1997年改版)は

死人の箱にゃあ十五人—
 よいこらさあ、それからラムが一壜と!
残りのやつは酒と悪魔がかたづけた—
 よいこらさあ、それからラムが一壜と!

Yo-ho-ho-を「よいこらさあ」としたのは確かに工夫だが、日本昔話の滑稽味を伴ってしまい、また全体のリズムは考慮の外。
金原瑞人訳偕成社文庫版『宝島』(1994年初刷、2018年35刷)は

死人の箱に十五人—とくらあ
ほーれ、それからラム酒が一本よう!
残りを殺ったな、酒と悪魔だ—
ほーれ、それからラム酒が一本よう!

これもまったくリズム無視、雰囲気を出すための無理やり言葉が邪魔で、いずれも失格。
海保眞男訳岩波少年文庫版『宝島』(2000年1刷、2015年14刷)は

死人(しびと)の箱には十五人
ラム酒をひとびん、ヨーホーホー
酒と悪魔が残りの奴らを片づけた
ラム酒をひとびん、ヨーホーホー

としていて、1連目は「箱には」の「は」と「ラム酒を」の「を」が字余りの無意識七五調で、Yo-ho-ho-も生かされている。
しかし2連1行目はリズムが放棄され意味の流し訳である。
ちなみに講談社が創業50周年記念として1959年から62年にかけて世に送った全50巻の『少年少女世界文学全集』の7、イギリス編第4巻(1962年)に収録されている阿部知二訳の「宝島」では、

亡者のはこまで、やってきたのは十五人ー
 いっぱいのもうぜ、ヨ・ホ・ホ!
あとののこりは、あくまに食われたよー
 いっぱいのもうぜ、ヨ・ホ・ホ!

だから、岩波文庫に収録するにあたっては ‘on’ を気にして、1行目後半を「やってきたのは」から「這いのぼったる」と訂正したのである。
訳はどうしても解釈や意味が優先され、歌のリズムまでは頭がまわらないらしい。
ことのついでに紹介すると、講談社の児童文学全集企画には先蹤があって、大阪は創元社が1954年から56年の間に刊行した「世界少年少女文学全集」(第1部50巻、第2部18巻)であるが、その第5巻イギリス編3(1953年)に西村孝次訳『宝島』が収録されている。そこでは

死人の箱にゃあ、十五人ー
 よいこらさあ、おまけにラム酒が一びんよ!
酒と悪魔が、残りのやつをやっつけたー
 よいこらさあ、おまけにラム酒が一びんよ!

である。1950年代は Yo-ho-ho- を「よいこらさあ」として怪しまなかったようだ。

Fifteen men on the dead man’s chest–
Yo-ho-ho-, and a bottle of rum!
Drink and the devil had done for the rest–
Yo-ho-ho-, and a bottle of rum!

原文を舌頭二三十転もしてみれば、1行が「強弱/強弱/強弱/強」で、英詩のリズムは「強弱4歩(ぶ)格」と判るだろう。
つまりYo-ho-ho-の部分は、片仮名にするなら「ヨーホ、ホー」でなければならないのである。
その点、村上博基訳新訳古典文庫『宝島』(2008年初版、2019年3刷)は

死人箱島に流れ着いたは十五人
ヨー、ホッ、ホー、酒はラムがただ一本
あとは皆 酒に飲まれ悪魔に食われ
ヨー、ホッ、ホー、酒はラムがただ一本

としているから、ことYo-ho-ho-に関してのみだが比較的マシな訳と言えるかもしれない。

しかしこの海賊歌を日本語にするには、全体を五七ないし七五調のリズムに乗せて然るべき、と敢えて主張したい。
そうなると初期の訳ではどうしていたか知りたくなる。
そこで1895年の宮井安吉訳「新作たから島」(雑誌記事復刻集「明治翻訳文学全集」第7巻 スティーブンソン集)を瞥見してみたい。

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