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「地図文学傑作選」 その5

筆者はかつて「井上ひさし氏にみる作家の方法 ―地図・年表・名鑑」と題した小文を日本地図学会(当時は日本国際地図学会)の『地図』に寄稿したことがある(2011年、49巻1号)。
井上氏の創作上の「秘密」についてはその文を直接参照してもらうとして、そのなかでR・L・スティブンスンとE・A・ポーの作品に触れた。
言うまでもなく「地図文学」の古典である『宝島』と『黄金虫』についてである。
それらがなぜ「地図文学」であるか、前者について後述するとして、後者についてはいささか説明が必要かもしれない。
推理小説ないしは探偵小説の創始者と目されるポーの『黄金虫』は同時に暗号小説でもあり、その暗号は海賊の宝の埋蔵場所を示した、言葉の地図であった。紛れもなく『宝島』とともに「地図文学」の最高傑作のひとつであるが、外国ものであるからここでは割愛せざるを得ない。ことのついでに記しておくと、ポーの作品と実際の地図(『メエルシュトレエムに呑まれて』におけるオラウス・マグヌスの地図の影響、『瓶のなかの手記』の末尾注におけるメルカトル地図への言及)については、谷川渥が簡単に紹介している(「幻想地図」,『is』No.80, 1998年)。

翻って日本文学の地平を見渡せば、小林秀雄や宮永孝が指摘しているようにとりわけ谷崎潤一郎は早くからポーの影響を受け、未完に終わったとはいえ「アッシャー家の崩壊」(谷崎訳は「アッシャア家の覆滅」)を翻訳までしており、耽美的、探偵的、推理的あるいは病的といった形容がなされる「ポー的」なものは谷崎作品のなかにいくらでも指摘できよう。ちなみに弟の谷崎精二は英文学者で、その業績のひとつに『エドガア・アラン・ポオ小説全集』がある。
谷崎潤一郎が滝田樗陰の依頼を受けて、はじめて『中央公論』(1911年11月号)に執筆した「秘密」という文庫本26ページ相当の短編は、暗号地図ならざる身体感覚地図とでも言うべき作品である。
女装にとりつかれた主人公が、映画館のなかでかつて交わりをもった美女と再会し、逢瀬を重ねるのであるが、女は自宅の所在を明かさないために主人公に目隠しをして往復の車(人力車)に乗せるのを常とする。
しかしその乗車感覚と一瞬目隠しを外して見た町の看板を手掛かりとして、後日その家を発見し、女を捨てるという話である。

女装という、人によっては病的とも異常とも言うかも知れない耽美趣味からはじまって、推理ないし探偵の要素で練り上げられた本作はまさに日本のポー的小説の典型と言って過言ではない。
かつては「点字地図」という言葉で知られた視覚不自由者のための地図は、今日では「触地図」の称が一般的とされる。
この作品の主人公は視覚を遮断されるが、身体感覚の残照を動員し、向きと移動継続速度とその時間からついに目的の家を見出す。途中一つの視覚ヒントが与えられているとはいえ、果たしてそれが実際に可能かどうかといえば、はなはだ心もとない。ルートを手探りする様相はそれらしくいくつか配置されているが、現実には不可能と言っていいだろう。

けれどもユクスキュルの『生物から見た世界』を参照するまでもなく、視覚に頼らない移動や目的地到達は、生きものの世界で普通に行われていることである。
今泉吉典・吉晴共著『猫の世界』(1975年)は、周知のテリトリーの範囲では、視覚を失った猫も危険を察すれば障害物を飛び越えて逃走する例を挙げている。盲目の猫は、認知地図を日々更新しているのである。ヒトにあっても、コウモリのような反響定位(エコー・ロケーション)の方法を広めている視覚障碍者の例が報道されている。
「文学地図」が視覚以外の感官を動員する「生物地図」をなぞると言ってもいいのである。

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