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『武蔵野』の古地図 その6

「東都近郊全図」刊記は以下の通りである。

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読み下し「凡(およそ)山川隹麗ノ處ニ游ンコトヲ好者ハ、画圖ニ在ラズンハ其方位ヲ知コト能ハス。今茲ニ制シタル圖タルヤ、予カ経暦目撃スル所ヲ記シ画圖ニ作リ、名付テ東都近郊全図ト云、同游ノ輩ニ与フ。郊外ニ游フ者コレニ依ル時ハ教導ヲ乞ハズシテ可ナラン。尤(もっとも)村邑ノ前後錯亂其序ヲミダス、誤字假名違ヒ、堂社川陸ノ方位其所在頗ル差謬多カルベシ。看者是ヲ許スベシ。復タ道ヲ適コト数十里ニ至ラス、累日ナラヅシテ游覧ヲ旨トス故ニ刊整ヲ成シ、諸好事家二傳フ。弘化元年甲辰十二月十五日 (凡例) 此圖ハ三十六丁ヲ以テ行程一里トナシ曲尺一寸六分ヲ以テ一里ニ當ツ。コンパスヲ一寸六分ニヒラキ我コゝロサス処ヨリアテゝ歩セ見ル時ハ其里数ヲ得ヘシ。依テ図中ニ里程ヲシルサズ。下谷御成道 紙屋徳八版」

「東都近郊全図」(以下「全図」)と「東都近郊図」(以下「近郊図」)の刊記とくらべると、「全図」はパターン踏襲だが冗漫で誤字も含み、図をより大きく広範囲にし記載項目を増やしなどしていることも、後出し類版の典型と見受けられる。
実は「近郊図」の初版は文政8・1825年、「全図」(弘化元年)の19年前なのである。
そもそも「近郊図」は、出版としては「あたった」ようで古地図として伝存例もすくなくない。

デジタル公開されている「近郊図」には、国立国会図書館本、東京都中央図書館本、聖心女子大学図書館本の3例が見つかるが、前二者は文政13年の改版本で、聖心女子大学図書館蔵が同8年の初版本である。
デジタル公開こそされていないものの、既述の小金井市教育委員会所蔵本も初版であった。
これに山下和正所蔵本を加えると、「近郊図」は少なくとも1825年(文政8)、1830年(同13)、1847年(弘化4)の3回にわたって改版、刊行されていたことになる。

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