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江戸の崖 東京の崖 その11

JR中央線・総武線四ツ谷駅ホーム南側の擁壁
JR中央線・総武線四ツ谷駅ホーム南側の擁壁

 江戸の街の範囲は、現在の山手線のほぼ内側とその東、深川や向島など川向う一帯と言われますが、そのうち川向うは新開の埋立地。自然地形としての崖の存在余地はありません。現在の東京湾に割拠するゴミ処理島に積み重なった廃棄物の段差には、あるいは似て非なるものがあるかも知れませんが、それも圧縮されてフラットになるのは時間の問題です。
 東京を23の特別区に限るとすると、そのうち江東六区(台東・荒川・足立・墨田・葛飾・江戸川)から荒川区を別にし、代りに中央区を加えた6区を山手台地に関わりのない区として除き、残り17区に存在する崖ないし擁壁、つまり急斜面が何箇所あるかというと、これが2万2千612件というのですね。この数字は1969(昭和44)年の東京都首都整備局建築指導課の調査によるものですが(中野尊正ほか「東京山手台地におけるがけ・擁壁崩壊危険度の実態調査」『土と基礎』1972年2月号)、そこでは、河川敷地内の護岸、鉄道や公園用地内、道路敷地などの擁壁のうち、一般住宅に直接関係のないものは除外されているのです。
 私たちが日頃、山手線や中央線の駅ホームや走行する車窓に目にする、ほぼ直立コンクリート壁などを除外した数字としても、2万2千箇所以上なのですね。ただし、ほぼ40年前の数字ですから、都市整備も道路が中心で、住宅地の急斜面保護などはまだ十分ではなく、露出した崖は今日より余程多かったと思われます。この調査で「がけ」とは人工的な被覆で保護されていない急斜面を言ったわけですが、今日、東京23区内でそのようなむき出しの「がけ」を目にするのは、特別な場所以外では難しいのです。
 この調査の対象は、「高さ3メートル以上、傾斜30度以上のがけ・擁壁のすべて」とされましたが、ここでは「がけ」と「擁壁」を区別することなく、同様の傾斜、比高のある急斜面をすべて「崖」と呼ぶことにします。
 ところで地質学においては、崖は「垂直または急斜した岩石の面」とされ、その成因にはおもに「変動崖」と「浸(ママ)食崖」の二種類があるとされます(地学団体研究会新版地学事典編集員会編『新版地学事典』1996年)。変動崖とは、断層崖のような地表の運動の結果出現した急斜面を言い、東京23区内でその例をみることはなく、自然の崖はすべてが侵食崖といっていいでしょう。この場合、地形を「しんしょく」するのは、水の作用ばかりではないので(寒暖の差や風、日光の影響も大きい)、「侵食」と表記するのが一般的です。また、一般に崖と言われるものが必ずしも岩石面をさらしているとはかぎらず、都市域で岩石の崖を見ることは稀でしょう。
 さらに成因において、東京の崖には「切通し」などの人工崖がかなりの割合を占めると言っていいのです。もともとは自然の営為がつくりだした急斜面であっても、線路や道路の拡幅ないしは開削のため削りとられ結果あらたに出現した壁面は、いたるところにその例を挙げることができるでしょう。しかし、まっさらな台地の真中を切り裂いたような人工崖は数少ない。
 21世紀初頭、そこここに超高層ビルのそびえ立つ世界都市東京の中心部は、往時とはすっかり趣を異にし、地形すら改変されてしまったところがあちこちにあります。しかしそのような人工都市のなかにも、何万年という時間を単位とするダイナミックな「造化のはたらき」をさぐる手掛かりを見つけ、あるいは推定することは不可能ではありません。
私たちが垣間見んとしているのは、人間の歴史のスケールをはるかに超えた世界の物語なのです。

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