防災井戸(手動の井戸)付きマンションは、昨今珍しいものではなくなったらしい。
マンション不況時代、それを売りものにする業者が出現するようになったからである。一部では、新築マンションは防災井戸設置が「標準仕様」とまで言われるようになったという。浅井戸であれば、井戸を設置する費用はマンションの広告費ぐらいにしかならないからだ。
兵庫県加古川市や埼玉県川口市などでは、住人たち自身でマンションに井戸を設置した例もある(朝日新聞2015年3月23日夕刊「高層マンション地震に備え井戸」)。

地表における代表的な「変動帯」に位置する日本列島中心部、世界に冠たるメガシティ(巨大都市圏)のマンション住民にとって、実はそこに井戸があるかないかは、文字通り死命を決する重大な岐路なのである。
私の棲むマンションは、駅前億ションの走りで、バブル期に中古で買ったばかりにいまもローン支払いに苦しんでいる。
しかもそこは自主管理で、法人格を得、土地についても事後的にであるが取得したというきわめて注目されるマンションなのだが、以下は私が住人として書いた文章である。
これは幸い私の意図通りに「マンションニュース」に掲載されたが、現実に井戸が掘削されるかどうかはわからない。
しかし、21世紀初頭日本列島キャピタルシティの、一マンションの記録として、とりあえず掲示しておく。

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マンションニュース第44号用 国分寺マンション防災井戸について

はじめに
 憶えておられる方も少なくないと思いますが、私が国分寺マンション管理組合総会において、電気に頼らない手漕ぎの「防災井戸」の設置を提案したのはたしか2年前、2015年春の総会だったと思います。今般「マンションニュース第43号」2017年5月9日号で、国分寺マンションの地下防火用貯水槽を利用して、手漕ぎの「井戸用ポンプが設置」されたことを知りました。
総会提案から数えて2年、まことに迅速な対応で、それを実行された管理組合理事会と関係者の皆さん、それを牽引された理事長に対し、あらためて敬意を表するものです。
 私が勤める東京経済大学でも、創立120周年記念事業として地域の震災対策用浅井戸(手漕ぎポンプ)の設置を提案しましたが、提案は同事業として取り上げられることなく、「地域連携事業として別途継続検討とする」旨の回答があっただけでした。これと比較しても、実に果断な措置と思います。

シミュレーション
 さて当防火用貯水槽の規模は、同ニュースによれば長さ14m×幅3.5m×深さ2.1m=102.9㎥=102.9トンといいます。1トンは1000リットルですから、国分寺マンションの地下防火用貯水槽は約10万リットルの貯水能力があるわけです。いま10万リットルの水が確かに貯水されているとして、震災時にどれだけ役にたつか、シミュレーションをしてみましたのでご紹介します。
 仮に震災時のマンション居住者数を200人とし、この貯水槽から1日1人あたり少し大き目のポリバケツ(10リットル)3杯の水を供給するとします。
 10万リットル÷30リットル÷200=16.666・・・ですから、約17日間つまり2週間プラス2、3日は今回設置された「ポンプ」の水が役にたつ計算になります。
 この1人1日30リットル、また200人という値については、それが妥当かどうか議論があるところと思いますが、水洗トイレの1回の洗浄水量は、古い型で13リットル、近年の節水型で6リットルが一般的であることを考えると、あながち外れた設定でもないでしょう。
そうして、この防火用貯水槽の水の用途は、ほぼトイレ用水に限定されるのです。なぜならば、地下の防火用水貯水槽の溜り水ですから水カビなどが繁殖していることは確実で、飲用水としてはもちろんのこと、洗面、洗濯、掃除のための生活雑用水としても、まず使えないと思っていいからです(生活雑用水には、各戸の風呂の残り水―バスタブ満タンで約200リットル―を利用すべきでしょう)。

計算の大前提と大地震直後の排水系統確認について
 ただし以上の計算には留意すべき大前提があって、それは❶消防用貯水槽が満タンであった場合、❷消防用水として使用されなかった場合、❸地震によるコンクリート水槽の亀裂漏水が起きなかった場合、という3つの「場合」をクリア―してはじめて可能な数値であるということです。
 これらの条件が満たされてはじめて、断水中のトイレ用水については2週間はまず大丈夫ということになります。逆に言えば、その期間の飲用水と生活雑用水については、すべて各戸の備蓄水ないし公共機関の災害給水施設に依存することになりますが、さてどうでしょうか。
人口約3500万人が集中する世界最大のメガシティ(巨大都市圏)にあって、緊急時の公共機関の水供給が実際にどれだけ可能かについては、未知の領域に属する事柄です。ちなみに1人1日あたり生理的に必要な水分の最低補給量は2~3リットルと言われています。では、首都圏の大地震による断水はどれくらいの間つづくと考えればよいでしょうか。
 ところで、大地震直後のマンションの最大の懸念事項は、給水よりもむしろ排水系統のパイプのズレや破断が起きていないかどうかという点にあります。大地震直後のマンションでは、一時すべての排水系統を使用禁止とし、状態点検後に使用可能な部分からそれを解除していかなければなりません。したがって、トイレやキッチンの水使用については、一時的に地階に集中する事態を想定しておくべきでしょう。いずれにしろ「井戸端」は国分寺マンションの場合、地階に出現せざるをえないのです。

震災経験と被災想定
 さてしかし、そもそも断水状態がどれくらいの範囲で何日つづくかは、とりわけ広域で巨大、それもコンピュータ制御のシステムに全面的に依存している首都圏では想定がむずかしく、「起きてみないとわからない」とすら言われます。
 それでも一応の指標はあり、都の「首都直下地震等による東京の被害想定」(最新版)は、上水道のライフライン復旧には「阪神・淡路大震災以降に発生した既往地震災害時には、いずれの地震時にも断水被害の復旧に1カ月以上を要している」と記します。ちなみに下水道については同様の1カ月とし、ガスに関しては「1~2カ月程度」と約2倍の復旧期間が示されています(74ページ)。
 さらに、立川断層地震におけるライフライン被害総括表では、国分寺市の上水道断水率については、68.7%とかなり高い数値が示されている点は要注意でしょう(172ページ)。
 以上の被災想定は、6年前の3月11日の東日本大震災における本格的被災エリアのうち最大の都市域であった仙台市(人口約110万人)における被災経験に関する、私の聞き取り調査にも符合するものです。
 首都圏を襲う大地震においては、すくなくとも断水は1カ月間つづくことを前提に、私たちはものごとを考えなければなりません。飲用水にかぎって考えてみても、公共機関の災害給水ステーションが稼働していて、全国から給水車が駆けつけ、給水量が十分と仮定しても、何時間も行列して待つことやそれに伴うトラブル、それなりの距離を往復して水運びする労力を避けるわけにはいきません。しかしマンションに「本物の井戸」の備えがあれば、水を得るために地階(自転車置場)に下りまた上る労力だけで済むのです。

結論 ―これからのことおよび経費について
 繰り返しますが、今回の国分寺マンション地下の消火用貯水槽井戸設置はまことにありがたく、トイレ用水に関して一安心できる施設ができたことを率直に喜びたいと思います。しかしながら、以上のシミュレーションと想定に照らすならば、今回の「ポンプ」設置はあくまで暫定措置と考えるべきであって、大地震に対応できるものでないことは明らかです。
「本物の井戸水」は地下水です。その量や用途には原則として制限なく、飲用にもそのままあるいは加熱すれば十分に役に立つのですから、これに優るものはないのです。そうして「本物の井戸」は、実質的な「コミュニティ」を生み出す源でもあるのです。
 土地取得で注目を浴びた国分寺マンションが、今回の「ポンプ」設置から一歩すすめて防災用の本物の井戸を持つとなれば、注目度はいやがうえにも高まり、実際的な価値は測り知れないものとなるでしょう。
 ニュースでは「井戸の掘削には相当の費用がかかる」として具体的な数字を示していませんが、2年前に私が業者見積もり(複数)をとった例から言えば、掘削およびポンプ設置の経費は、地下15mの場合200万円、同40mで300万円ほどと見込まれます。
 国分寺マンション管理組合理事会におかれては、是非「本物の井戸」の実現に努力していただきたいと思います。場合によっては募金や出資によってでも、それを実現するべき価値ないし必要性はあると思われます。

2017年5月10日

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