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善意と正義の行方

The road to hell is paved with good intentions.
(地獄への道は善意で舗装されている)

これはヨーロッパの古い諺で、多くの人が天国に行くために善行を積もうと「思う」(善意)ものの実行は伴わず、ほとんどの場合地獄行きとなることを皮肉ったもの、と言われる。

K・マルクス(Karl Marx, 1818-1883)は『資本論』の第1巻「資本の生産過程」第5章(労働過程と価値増殖過程)第3編(絶対的剰余価値の生産)第2節(価値増殖過程)で「地獄への道は、種々の良き意図で舗装されている」と書きつけた(岩波文庫『資本論』第2巻31ページ)が、それは「資本家」の「悪事は善意によって隠されている」と揶揄しただけであって、それ以上の意味はない。

このフレーズを直接引用しているわけではないが、もっとも深刻な意味を含んでこの諺が適応されると思われるのは、ハイエク(Friedrich August von Hayek, 1899-1992)の著書のひとつThe Road to Serfdom(農奴国への道。1943。邦訳は『隷従への道』『隷属への道』の2種)である。
ハイエクがその著の第2章「大きなユートピア」の章扉に掲げたヘルダーリンの「常に国家をこの世の地獄たらしめたものは、まさしく人が極楽たらしめようとしたところのものである」という言葉は、そのことを端的に象徴している(一谷藤一郎訳『隷従への道』1954)。ヘルダーリン(Johann Christian Friedrich Hölderlin, 1770-1843)はフランス革命(1789-1795)の理念に感動し、その実態に絶望して狂死したドイツの詩人である。

「平等」や「正義」といった善意ないし理想は、フランス革命以降「社会主義」(「共産主義」)に誘引された。その影響力はいまなおひとつの潮流をなすが、実は社会主義は決してファッシズムと別物ではなく、「個」を無化する権力意思においてむしろ同根であって、とりわけ「計画経済」(統制経済)は必然的に全体主義国家(地獄)へ至らざるを得ない。ハイエクのThe Road to Serfdomはそれを論証した書物として知られる。

しかし「計画経済」の本家であったロシアのソビエト連邦はすでに解体し、反対にチャイナは毛沢東(Mao Zedong,1893-1976)という巨大な失敗の教訓から「平等」の神話を捨てて「先富」を採用し、一定の成功をおさめた。だからインドやベトナムの政権も、それに倣ったのである。
ただコリアの北側はいまだ統制経済の魔力に囚われ、専制と個人崇拝、闇経済の泥沼であがきつづける。そこにおいて典型のように意思は「上部」が独占しており、陰惨にして悲惨な力学は末端まで貫徹される(『わが朝鮮総連の罪と罰』韓光煕、2002。ほか)。「日本帝国主義」という「悪」に対して民族的抵抗戦をたたかった「正義」の一部が政権樹立後に現出したのは、貧寒獄舎のごときhell国家だったのである。

ただし経済はともかく、この専制力学の構図は「改革開放」を経たチャイナにおいても同然である。そこにあっては組織(党)がすべてを支配し、多くの場合そのトップが神のごとくに擬制される。「三権分立」はありえず、原理的にも「法の支配」は機能しない。アジア的despotismにおいてはすべては属人化するから、忖度ヒラメと賄賂が一般的となる。事物は理に即するのではなく、政治(ヒト)に従属するのである。

しかしながら「改革開放」を経た「中国」はいまや世界的覇権をうかがうまでにその存在感を増大した。だからハイエクの「論証」は、現チャイナにおいてそのまま適応されるわけにはいかない。チャイナの過去と現在の専制そして1945年までの極東帝国の専制については、別途の考察が必要である。
アジアにおいてハイエクの警告がもっとも典型的にあてはまるのは、カンボジアの例であろう。歴史的な大量虐殺の例に挙げられる、クメール・ルージュ政権(1975-1998)は「毛沢東思想のもっとも忠実な実践者」(康生)として知られるが、その指導者「ポル・ポト」(サロット・サル)たちはそもそもフランスに留学して「社会主義」の理想の洗礼を受けていた。密告を奨励し、家族を解体して、個人を直接支配(「少年兵」の創出)したポル・ポトの死後(1998)、その後妻と娘が「世間が何と言おうと、わたしたちにとっては優しい夫であり、父でした」と言ったのは最大のアイロニーである。

どのような「社会主義政権」においても、選挙や議会は政権に対する善意と賛意を前提とし、ためにそこは単なる儀礼ないしアリバイのマツリ場と化す。そうして専制(一党独裁)の実態は、「敵」の出現ないしは創出、遮断と洗脳、監視と摘発、諜報と密告に満ち、その一方で権力中枢の暗部では熾烈な権力闘争が渦を巻く。『レーニンから疑え』(三浦つとむ、1964)は不徹底で、むしろ「フランス革命から疑」われてしかるべきであった。いずれにしても「集中」ないし「独裁」のもとで「個」と「言葉」は狩り込まれた挙句に扼殺されるのである(『「言葉が殺される国」で起きている残酷な真実 』楊逸・劉燕子、2021)。
楊逸は書いている。「1957年7月7日、上海中ソ友好大厦で文化教育及び商工各界の代表と接見した毛沢東は、「もし魯迅が今も生きているのならどうなっているでしょう?」という質問に対し、「牢屋のなかで書き続けているか、黙って何もしゃべらなくなっているかだ」と答えた。居合わせた代表一同は唖然として言葉を失ったという」。

チャイナ専制触手が「国恥地図」を片手にすでに香港を握り、台湾にその先を延ばしつつあるのは今日万人が目にするところである。
社会主義体制から解放されたはずのロシアでも、権威主義が返り咲き対外膨張をはじめた。

善意と正義、言い換えれば「人の好さ」と「真摯さ」こそ、専制と隷属の根源なのである。

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